毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

年間第15主日のミサ



暑い日が続いています。
ボランティアの屋外活動も、畑の草刈りもたいへんそうです。
みなさま、ほんとうにお疲れさまです。
熱中症にはくれぐれもご注意ください。

●年間第15主日
 聖書箇所:イザヤ55・10-11/ローマ8・18-23/マタイ13・1-23
   2017.7.16カトリック原町教会にて

 ホミリア
 カリタス農園というのがあります。カリタス南相馬のスタッフが地元の人から畑を借りて、いろいろな野菜を作っていますが、試行錯誤の連続のようです。今年はじゃがいもが大成功で、たくさん採れています。でも、けっこう失敗もあるようです。素人がやっているので、周りの地元の人は、黙って見ていられない。いろいろ口を出したり、手を出したりしてくださる。そうやって地元の人たちと交流できることが、このカリタス農園の一番の良さではないかと思っています。

 さて、きょうの福音は、種まく人のたとえです。種まく人といえば、ジャン・フランソワ・ミレーの絵を思い出す人が多いのではないかと思います。教科書にも載っていたし、岩波書店のマークとしても有名ですね。この絵では、畑一面に種を蒔いている感じです。ちょっと乱暴な感じ。日本でもこんな種まきをするでしょうか。カリタス農園ではしないでしょう。種がもったいないからです。土を耕して、ウネを作り、そこに穴をあけて、丁寧に種を蒔いて、土をかぶせる。それが普通だと考えるとミレーの絵は乱暴な感じがします。でも昔のイエスの時代のパレスチナでもこんな感じで種を蒔いたようです。畑をほとんど耕さずに、とにかく種を一面に蒔いてしまって、その後、地面を掘り起こすように耕すのだそうです。今日の福音で、ある種は道端に落ち、ある種は石だらけの土の少ない所に落ち、ある種は茨の間に落ち、とありますが、それでかまわない。こうするのは乾燥した土地のため、地中深くに種を入れないと干上がってしまうからだそうです。
 一見、無駄が多いように見える。しかし、こうすることによって、結局は多くの収穫がもたらされることになるのだ。これがこの種まきのたとえの本来のイメージだったのではないでしょうか。今の福音書のかたちを見ると、このたとえ話の中心はまかれた土地のあり方(良い土地か、悪い土地か)のように見えますが、本来の中心はどんな困難や拒絶の中でも、蒔き続ける農夫のほうにあったのではないかと思われます。そして、この種まく人のイメージはもちろんキリストのイメージです。

 何をイエスは、どんな種を蒔き続けたのでしょうか。それは「神の国」の言葉の種、マタイの表現では「天の国」の福音でした。
 神はすべての人のアッバ=親であり、あなたがた一人ひとりを限りなく大切にしてくださっている。病気であっても、貧しくとも、差別されていても、いらない人扱いされていても、あなたがたは皆神の子なのだ。だからその神に信頼して、お互いを大切にしあって生きていこう。それがイエスの神の国のメッセージでした。
 2000年前のガリラヤやユダヤでイエスはそのメッセージを語りました。そのメッセージは当時の貧しい人、病気や障がいをもった人、職業的にさげすまれていた人、一人前の人間と見なされていなかった女性や子どもに大きな反響を呼び起こしました。多くの人がイエスの周りに集まってきて、イエスに従いました。でも逆に自分の地位や富を誇っていた人、エリート意識にこりかたまった宗教家などには受け入れられませんでした。

 イエスは2000年後の今もみことばの種を蒔き続けています。わたしたちはそれを本当に喜んで受け入れているでしょうか。
 ふとわたしの頭に浮かんだのは、フランシスコ教皇が語る「実践的相対主義」という言葉です。使徒的勧告『福音の喜び』(2013)の80番にこういう箇所があります。
 「もっているはずの霊的な姿勢や考え方とは別のところで、司牧に携わる人たちには、教理的な相対主義doctrinal relativismよりも危険な相対主義が育っています。これはもっとも深く真剣な、生き方を決定づける選択の数々に影響を与えます。この実践的相対主義practical relativismの特徴は、神がいないかのように行動し、貧しい人々がいないかのように決めつけ、他者は存在しないかのように空想し、福音のメッセージを受けていない人はいないかのように働くことです。次のことに注目すべきです。教理的にも霊的にも固い信念を明らかにもっている人さえも、その使命において他者に身をささげるよりも、経済的安定に固執したり、権力の座や虚栄をあらゆる方法で求める活動に陥ってしまうのです。」
 「相対主義」とは絶対的なものはないという考えです。頭で神を認めていても、実生活では神などいないかのようにふるまう、それが実践的な相対主義です。神よりも、隣人との関係よりも「自分の生活を優先する」。それは現代の経済優先、消費主義、科学技術万能主義から来ている態度で、わたしたち皆、多かれ少なかれその影響を受けてしまっています。「いい生活がしたい」これがすべての人を動かす原理になってしまっているのです。そして自分のことを第一に考え、結局は他者を切り捨てる「無関心」に陥るのです。これは現代のわたしたちをおびやかす病だと思います。

 それでもイエスはわたしたちの心に、神の国の種を蒔き続けていてくださる。ほんとうにわたしたちを生かし、成長させ、豊かな人生へと導いてくれるものは何か、語りかけ続けてくださっています。
 第一朗読のイメージも大切にしたい。
 「雨も雪も、ひとたび天から降れば むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ 種蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も むなしくは、わたしのもとに戻らない。」
 今日すべての人に語りかけてくださるイエスの力強い言葉に、わたしたちの心を精一杯、開いていきたいと思います。


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年間第14主日のミサ



東仙台教会から40人以上のお客様、東京からもお客様。
皆さんを見送ってから、あまりにも暑かったので、残っていた人たちで一緒にアイスを食べました。

●年間第14主日
 聖書箇所:ゼカリヤ9・9-10/ローマ8・9、11-13/マタイ11・25-30
       2017.7.9カトリック原町教会
 ホミリア
 小高区が避難指示解除になって1年が経とうとしています。国は去年4月に解除することを提案しましたが、地元にはいろいろ意見があって、7月までずれ込んだそうです。7月12日になったのは、なんとか7月末の野馬追までには、ということだったようです。その日から常磐線原ノ町〜小高も開通しましたし、今年4月には学校も再開して、今では約2,000人の人が小高区に住むようになったと言われています。そして今年の野馬追では小高神社からも出陣式が行われ、カリタス南相馬のボランティアも参加するそうです。
 もともとはもちろん、軍事的な意味合いの強い祭りだったと思います。甲冑競馬や神旗争奪戦などもそういう色彩を残しています。しかし本来も宗教的な意味合いがあり、野に放った馬の中から1番のものを小高神社の神様に奉納するというのが祭りの頂点になっているようです。わたしは今年が初めてですので、楽しみにしています。

 日本では昔、馬は戦いの乗り物でしたし、古代イスラエルでもそうでした。そしてまた、馬は富や権威を表すもので、王は馬に乗っていました。今日の第一朗読のゼカリヤ書9章が書かれたのは、いつの時代かはっきりしませんが、紀元前3-2世紀でしょうか。少なくともこの時代、王は馬に乗っているのがあたりまえでした。その中で今日の第一朗読、ゼカリヤ9章9節はロバに乗ってくる王を預言しました。
 そこには二つの意味があります。
 一つはその王が戦争によって勝利を得るような王ではなく、平和の王であること。10節には、「わたしはエフライムから戦車を/エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ/諸国の民に平和が告げられる。」という言葉があります。その王はまさに平和の王です。イエスが生涯の終わり、十字架にかかる前にエルサレムの都に入るとき、ロバに乗って入られたと福音書は伝えていますが、それはこのゼカリヤ書の箇所を意識的に再現したものです。当時の人々が期待していたような、軍事的にローマの支配を打ち破るメシアではなく、ほんとうに平和をもたらすためにわたしは来たとおっしゃりたかったのでしょう。
 もう一つは、ロバに乗る王の特徴は、富や権力で人を上から押さえつけるような王ではなく、貧しくへりくだった王であること。この貧しさを表すのが、第一朗読の「高ぶることなく」という言葉です。
 もともと普通は「貧しい」と訳される言葉です。元のヘブライ語の言葉は身をかがめて小さくなっている人の姿を表す言葉だそうです。経済的その他の圧迫で小さくなっている人=貧しい人の意味で使われますが、それだけでなく、自ら小さくなっている人=高ぶらない人、柔和な人の意味にもなります。

 なぜ、このようなことを話しているかと言えば、きょうの福音でイエスが「わたしは柔和で謙遜な者だから」とおっしゃる、この「柔和」という言葉は元をたどるとゼカリヤ書の「高ぶることなく」という言葉に行き着くからです。繰り返しますが、普通は「貧しい」という意味で使われる言葉です。
 もう一つの「謙遜」ですが、これは直訳すると「心において身分が低い」という言葉です。本来、この言葉には「柔和・謙遜」という心のあり方でなく、実際に貧しく身分が低いというニュアンスがあったのでしょう。そう思って読むとしっくり来るかもしれません。
 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは貧しく、身分の低い者だから、安心して、わたしの弟子になりなさい。」

 もう一つ、説明したくなる言葉があります。それは「軛(くびき)」という言葉です。軛と言っても現代人にはピンとこないかもしれませんが、牛やロバを二頭横につないで、重いものを引かせる、その横木のことです。いつも二頭立てです。イエスが「わたしの軛を負いなさい」というとき、それは一人で担うのではなく、イエスと一緒に担うというイメージが大切だと思います。イエスの重荷、イエスの軛は、十字架ですからとても軽いとは思えませんが、イエスが一緒に荷なってくださるなら、やはり軽いと言えるのでしょう。
 マタイ23章4節にイエスがファリサイ派・律法学者を痛烈に批判する言葉があります。
 「彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本貸そうともしない。」
 イエスは違うのです。わたしは貧しく、身分が低い。わたしのもとに来なさい。あなたの重荷をわたしは一緒に担おう。イエスはそうやって人を招いたのではないでしょうか。だから人は安心してイエスのもとに集まったのではないでしょうか。

 わたしたちの教会もそうありたいのです。この教会の道路に面した掲示板に、今月の聖句というのを掲げるようにしました。今月はもちろんこれです。
 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」
 一年中これでもいいですね。この言葉が掲げてあるのはとても嬉しいことですが、でも覚悟がいります。どんな人でも歓迎します、っていう意味だからです。本当にどんな人でも歓迎する、それは大変なことです。それでもわたしたちはこの言葉を大切にしたい。イエスが今もすべての人に向かってそう呼びかけていると信じるからです。
 東北のある被災地でこういう言葉を聞いたことがあります。「震災が起こるまで、この町で教会は『特別な人がお祈りに行く場』でしかなかった。でも東日本大震災が起こって、カリタスのベースができて、町の人たちにとってもっと身近な場所になったのではないか。」わたしたちもそうでありたいのです。そういう教会に少しでも近づくことができるように、心から祈りたいと思います。



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年間第13主日のミサ





「いわきの魚」と言われる「メヒカリ」。
こちらに来て初めてその美味しさを知りました。
つい先日までは、この辺りで売っているものも、すべて茨城県産や千葉県産でした。
最近、福島県産のものが出回り始めています。
もちろん放射線量をはかって安全性が確認されたものです。
(海はつながっているのに、他県は測っていない ?! )

食べ方としては、やはり唐揚げですね!

●年間第13主日
 聖書箇所:列王記下4・8-11, 14-16a/ローマ6・3-4, 8-11/マタイ10・37-42
               2017.7.2カトリック原町教会
 ホミリア
 第一朗読は、旧約時代のエリシャという預言者の物語で、預言者を自分の家に招いて食事を提供し、宿を貸した一人の女性が大きな報いを受けたという話です。カリタス南相馬も、ボランティアの皆さんに食事を提供し、雑魚寝ですが宿を提供しています。それは6年前の震災の後、被災地でカトリック教会になにができるかと考えて始まったことでした。シスターズリレーというのができて、食事作りのためにいろいろな会のシスターたちが被災地に来てくれました。6年経って、他の被災地ではボランティアもずいぶん減っているそうですが、ここ南相馬ではまだまだボランティアが来てくれています。宿と食事を提供する、それだけのことでも、まあいろいろたいへんでもあります。シスターたちの力なしではとてもできません。感謝しています。わたしたちがしているのはほんとうにささやかなことです。
 でも福音は、それよりももっともっと小さなことを語ります。
 「わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」

 今日の福音のこの結びの言葉を聞いて思い出したのは、ヴェロニカという女性の話です。聖書には書かれていない伝説のような話ですが、十字架の道行きの祈りの中にあるので、わたしたちカトリック信者はその物語をよく知っています。イエスが十字架を担いで、エルサレムの町からゴルゴタという処刑場まで歩かされていったとき、ヴェロニカという一人の女性が進み出て、持っていた布で血と汗にまみれたイエスの顔をぬぐった。するとその布にはイエスの顔が写っていたというのです。
 イエスはローマ帝国の支配に反抗した反逆者として十字架刑に処せられます。ユダヤの指導者たちから排斥され、熱狂的に歓迎した群衆からも見放され、ご自分の弟子たちさえも皆イエスを見捨てて逃げてしまいました。まったく孤立無援で、だれ一人味方のいない状態です。鞭打たれ、辱められるイエスの姿を見て、嘆き悲しむ女性たちもいました。その中の一人でしょうか。ヴェロニカは、イエスに近づき、イエスの顔をぬぐいます。もしかしたらイエスの一味と見られて、とんでもない目にあったかもしれません。どれほどの勇気が必要だったでしょうか。そしてイエスは彼女のしてくれたことにどれほど力づけられたことでしょうか。一枚の布を差し出す、ということの重たさを感じます。

 今日の福音では「冷たい水一杯でも飲ませてくれる」とあります。普通の時の状況なら、一杯の水を差し出すのに特別な覚悟も勇気も必要ないでしょう。一杯の水を飲ませてください、と頼まれて、断ることはほとんど考えられないでしょう。でもこのマタイ10章は、イエスが12人の弟子を派遣するにあたって、彼らが受ける迫害を予告する言葉です。ここでも「わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に」と言います。そこからキリスト者が迫害を受けている、という状況を考えることができるとすれば、「冷たい水一杯飲ませる」はどれほど重い行為でしょうか。
 いじめられている子に鉛筆を一本貸してあげるとか、泣いているときにただそばにいてくれるとか、そんな感じかもしれません。そんなとき、どれほどありがたく感じるでしょうか。励まされるでしょうか。

 今日の福音はそういう世界を指し示しています。実はイエスは水一杯差し出す側の人に報いを約束しているのではありません。水一杯差し出される側の弟子たちに向かってイエスはこの話をしています。どんなに一人ぼっちに見えて、誰一人味方がいないように感じることがあっても、分かってくれる人は必ずいる。支えてくれる人はいる。そのことを忘れないように、ということでしょうか。だとしたら、これはものすごい励ましの言葉ではないでしょうか。
 また、わたしたちが水一杯差し出す側になれる、という約束でもあると思います。わたしたちは本当に辛い思いをしている人、いじめられている人、迫害されている人の味方になることができる。ほんの小さなサインをとおして、でもわたしが一緒にいるよ、と伝えることができるかもしれない。その小さなサインがハンカチ一枚差し出すことであったり、水一杯飲ませることであったりするのです。

 わたしたちにもヴェロニカがいてくれる、それは本当にありがたいことです。普段なにげなく人からしてもらっている小さなことを、ヴェロニカがイエスにしたことのように受け取れればどれほどありがたく感じることでしょうか。逆にわたしたちも誰かに対してヴェロニカになることができる。本当に孤立無援のような人に小さな何かを差し出して、あなたの味方だよ、っていうことができる。そのことも大切にしたい。
 そこに神がいてくださるとわたしたちは信じます。十字架のイエスの神からも人からも見捨てられたような姿の中にわたしたちはイエスのどん底の苦しみ、極限の苦しみを見ます。そんな中ではヴェロニカの行為は単なる人間的な慰めに見えてしまうかもしれません。しかし、ヴェロニカの小さな行為の中に、神の働きを見ることができるとも思うのです。ここにヴェロニカをとおして神は働いていてくださる。そのような神の働きにわたしたちが気づくことができますように、祈りたいと思います。


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年間第12主日のミサ



写真は南相馬市小高区の村上海岸。昨年7月に避難指示解除になった小高区ですが、海岸の近くは津波の被害が大きく、家はすべてなくなりました。景色も以前とは変わってしまったそうです。遠くに見えるのは、原発ではなく、仮設焼却施設です。災害廃棄物や除染廃棄物を焼却・減容化するためのもので、各自治体毎に建てられています。

●年間第12主日
 聖書箇所:エレミヤ20・10-13/ローマ5・12-15/マタイ10・26-33
 カトリック原町教会にて

 ホミリア
 今日の福音の言葉。「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」「神を恐れる」という感覚がわたしたちにあるでしょうか?「畏怖」とか「畏敬の念」の「畏れる」という字を書くこともありますが、今ではあまり使われることもないでしょう。
 わたしたちは、神がいつくしみ深い方だと知っています。その方に信頼するから、神を恐ろしい方だと思う必要はないと知っています。今日の福音でもそうです。2羽の雀が1アサリオンで売られている。その1羽さえも神はいつくしみ深く見守ってくださる。髪の毛1本さえも神はいとおしんでくださる。そのいつくしみ深い神を信じるのですから、神を恐ろしく思う必要はありません。
 まあ普段は、神を恐れるという感覚がなくてもいいのかもしれません。神を恐れるというのはぎりぎりのところで問われてくることではないでしょうか。

 いつも思い出すので出エジプト記1章の物語です。
 古代エジプトの新王国時代、紀元前13世紀でしょうか、イスラエルの民がエジプトで奴隷のようになっていた時代に、神がモーセを指導者としてその民を救い出した、というのが出エジプト記の物語です。エジプト人にとって、イスラエル人は勝手に他所からやってきた移民だったわけで、その移民の力が大きくなるのを恐れ、嫌い、徹底的に迫害したのです。
 エジプトの王はファラオ。絶大な権力を持ったファラオはイスラエル人の助産婦に命令を下します。「お前たちがヘブライ人の女の出産を助けるときには、子供の性別を確かめ、男の子ならば殺し、女の子ならば生かしておけ。」こういう仕方で、イスラエル人の勢力をそごうとしたのです。この命令に彼女たちは従いませんでした。こう書かれています。「助産婦たちはいずれも神を畏れていたので、エジプト王が命じたとおりにはせず、男の子も生かしておいた」(出エジプト記1章)
 もちろんお咎めを受けないはずはありません。「どうしてこのようなことをしたのだ。お前たちは男の子を生かしているではないか。」というファラオに対して、助産婦はこう答えました。「ヘブライ人の女はエジプト人の女性とは違います。彼女たちは丈夫で、助産婦が行く前に産んでしまうのです。」
 もちろん嘘なわけですが、そうやって自分たちと赤ちゃんのいのちを守ったのです。神を恐れるから、神以外のどんな力も恐れることはない。神を恐れるということの、ものすごく積極的な意味を感じさせられる箇所です。

 先日に東京で『ローマ法王になる日まで』という映画を見ました。フランシスコ教皇の若い頃のことを描いた伝記映画です。監督はイタリア人ですがキリスト信者ではないとのこと。宗教映画ではないというのですが、ほぼ事実に基づいているそうです。若き日の教皇フランシスコ、本名ベルゴリオが司祭になったのは、アルゼンチンが軍事独裁政権の時代でした。少数の金持ちや企業の利益を守るのが軍事独裁政権で、それに反対する人々は徹底的に弾圧されました。教会は何も言うことができなくなっていました。ベルゴリオの周りでも貧しい人々のために働いていた司祭や判事、いろいろな人が逮捕され、拷問を受け、殺されていきます。必死で助けようとするのですが、ベルゴリオのできたことはわずかでした。その中で軍事独裁政権のビデラ大統領がテレビで語る場面があります。「われわれは武装勢力から民主主義を守るために、秩序と国家を守るためにやっているのだ」というのです。金持ちの貧しい人々に対する横暴を守っているだけなのに、とんでもない偽りです。とにかく、なぜ今の教皇が一貫して貧しい人のことを第一に考え、その人々を大切にしなければならないと言い続けるのか、あの悲惨な時代の体験に基づいていることが、よくわかる映画でした。あの体験からすれば、何も恐れるものはないということなのでしょう。
 かつて見た『カロル』という映画のことも思い出しました。こちらはヨハネ・パウロII世教皇の伝記映画です。第二次世界大戦下のポーランドで、若き日の教皇(カロル・ヴォイティワ)は、親しい人を次々と戦争で失っていきました。戦争の悲惨さをいやというほど味わいました。ヨハネ・パウロ2世は生涯にわたって、恐れることなくあらゆる戦争に反対してきましたが、それも若い時代の経験に基づいていることを感じさせられました。

 神を恐れるか、人を恐れるか、わたしたちは、そんな厳しい問いの前に立たされることはない、と感じますか?
 今週の土曜日7月1日は福者ペトロ岐部と187殉教者の記念日です。2008年11月24日、長崎でペトロ岐部と187殉教者の列福式が行われました。そのときの司式は白柳誠一枢機卿でした。亡くなる一年前でしたが、教皇の代理として、力強く、司式・説教されました。その説教の最後の部分が特に心に残っています。
 「信仰の自由を否定され、殺された殉教者は叫んでいます。神の似姿に創られた人間の尊厳性、また人間が持つ固有の精神的能力、考え、判断し表現する自由などの重要性、それに反するあらゆることを避けることを強く訴えています。なかでも人間の生きる権利が胎児のときから死にいたるまで大切にされること。武器の製造、売買、それを使っての殺人行為である戦争。極度の貧富の差により非人間的生活を余儀なくされている者たちへの配慮など、すべての人が大切にされ、尊敬され、人間らしくいきられる世界となるよう祈り、活動することを求めているに違いありません。
 さあ、皆さん、怖れずに歩み、一緒になって進みましょう。怖れるな、怖れるなと神様がそして殉教者が呼びかけています。皆さん怖れるな。」
 わたしたちもぎりぎりのところで、人を恐れず、神をおそれる者として生きることができますように。


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キリストの聖体のミサ



写真は先週撮ったもので、南相馬市原町区の水田です。
20キロ圏内の小高区や浪江町ではまだまだこういう景色を見ることができません。

●キリストの聖体(祭日)
 聖書箇所:申命記8・2-3, 14b-16a/一コリント10・16-17/ヨハネ6・51-58
        2017/6/18カトリック原町教会

 ホミリア
 昨日、東京でCTVC(カトリック東京ボランティアセンター)の講演会がありました。震災の年の6月の司教総会で、東京や横浜の教会が宮城県南部と福島県で直接、被災地支援の活動をしてほしいと言われました。とにかく被災地があまりにも広大で、仙台教区だけではどうにもできないので日本全国の教会が直接、支援に入ってほしいということだったのです。そこからいわゆる「オールジャパン」での支援活動が始まりました。それからちょうど6年になります。この間にCTVCは福島でも、宮城県の山元町・亘理町でもいろいろな方にお会いしました。そしてその方々の声を直接、首都圏の人に届けたい。その思いで「福島から語る」そして「被災地から語る」という小さな講演会を東京で続けてきています。昨日は18回目で、亘理町の森加奈恵さんという方をお招きしました。震災以降、歌を作り、自分で歌っておられる方で、この講演会シリーズとしてははじめて「トーク&ライブ」という形になりました。

 『「なぜ歌っているのですか?」と聞かれて』というのが森さんのお話のタイトルでした。そのように、よく聞かれたのだそうです。それに対する彼女の答えは「伝えたいことがあるから、どうしても伝えたいことがあるから」でした。彼女が伝えたいこと、それは津波が来ると知っていた地域と、津波など考えもしなかった地域では被害がまったく違っていた、ということです。荒浜地区にあった森さんの家は津波で流されました。でもその地域の人々は津波が来るということを前から聞いていて、大きな地震があったらどうすればいいか分かっていて、準備していた。だから被害が少なかったそうです。でも津波のことをぜんぜん聞いていなくて、人的な被害が大きくなってしまったところもあった。それは日本のどこでも起こること。とにかく沿岸部で大きな地震にあったら津波の危険をまず考える。これが1000年に一度の地震だというなら、1000年後までそのことを伝えたい、そういう思いで歌っているのだそうです。

 森さんの歌と話を聞きながら、唐突ですが、「なぜミサをしているのですか?」という問いがわたしの頭に浮かんできました。それは週に一度のキリスト信者の主の日の集まりだから? 最高の賛美と感謝だから? 一番良い祈りだから? もちろんそうでしょう。
 でもなぜミサですか? なぜミサを教会は2000年間も続けてきましたか。
 仙台教区の現実は厳しくて、本当に司祭不足ですね。仙台教区では今年の4月1日付で『「司祭不在の時の主日の集会祭儀」を行うに際して』という平賀司教の司教書簡が出されました。簡単に言えば、司祭不足の中でも、できるだけミサに預かれるような工夫をして、どうしてもダメなら主日の集会祭儀をする、というのです。でもそれが現実になってきているから準備していきましょうということもあります。
 今年度、わたしはできるかぎり、日曜日にこの教会にいるつもりですが、やはり何度か集会祭儀をしていただかなくてはなりません。来年以降はどうなるか本当に分かりません。平賀司教さんは、止むを得ずミサができなくて集会祭儀になる時がある。しかしミサの大切さを忘れないでほしい、と訴えておられます。なぜでしょうか。なぜミサが大切でしょうか。なぜ仙台教区は司祭不足の中で、できるだけミサを続けようとしているのですか。多くの司祭は主日に2つも3つもミサをささげるために、走り回っているのでしょうか。

 それはやはり伝えたいことがあるからです。わたしたちが伝えたいもの、それはキリストの愛です。キリストが十字架にかかる前に、弟子たちとともに食事をし、その中で、このパンとぶどう酒に込めた思い。このパンとぶどう酒を用いて、自分を思い出すようにと弟子たちに命じた思い。そのイエスの思いを、愛を伝えたいのです。イエスのなさった他の食事の場面も思い出します。イエスは、当時の立派な人々の食卓から排除されていた人々(罪びとのレッテルを貼られていた人々)を招いて一緒に食事をしました。5,000人以上の群衆が食べ物がなくて困っていた時、イエスはそこにあったわずかなパンについて神に感謝をささげ、皆で分かち合って食べようとし、群衆は満たされました。誰一人排除しないイエスの愛。貧しさの中で、神に信頼し、皆で支え合って生きるという生き方。イエスはそれを示してくれました。そのイエスの愛のすべてを込めたのがあの晩さんでした。だからわたしたちはどうしてもミサをしたいのです。

 イエスは最後の晩さんのときに、このパンとぶどう酒を用いたこの会食を弟子たちに委ねました。弟子たちは次の弟子たちに、またその次の弟子たちに、そうやって人から人へと受け継がれてきた、それがミサであり、教会です。その意味で使徒の後継者である司教や司教の協力者である司祭がいないとミサにならないとわたしたちカトリック教会は考えます。ときどき誤解がありますが、聖書が先にあって教会ができたのではありません。イエスが使徒たちを派遣し、信じる人々の集まりである教会ができ、その教会の中で聖書が書かれたのです。聖書が書かれる前から、教会はミサ(主の晩さん)をしてきました。そしてこのミサをとおして2000年間、キリストの愛を伝えてきたのです。

 今日の福音では、ミサの、聖体の本当に深い意味が語られています。
 「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。」(6・56-57)
 津波のことを知っているのと知らないのでは違うように、キリストの愛を知っているのと知らないのでは人生が違います。今日もこのミサで聖体をとおしてキリストの愛を味わい、キリストの愛に結ばれ、キリストの愛を生きる者となることができますように。アーメン。



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