毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

主の公現のミサ



三博士到着。

●主の公現
 聖書箇所:イザヤ60・1-6/エフェソ3・2, 3b, 5-6/マタイ2・1-12
                           2017.1.8原町教会
 ホミリア
 今年、南相馬で年越しをすることになって、是非したいと思っていたことが2つありました。それは深夜0時に小高区の同慶寺に行って除夜の鐘を聞くこと。もう1つは北泉海岸で初日の出を見ることでした。無宗教と言われる多くの日本人がそういうところに何かしら神聖なものを感じているのは興味深いし、何となく共感できます。でも実際には年末から風邪を引いてしまって、両方とも諦めました。残念。
 今日は主の公現の祭日。お生まれになった幼子イエスの光がすべての人に届いたという話。人種や民族の違いを超えてイエスがすべての人の救い主であることが示されました。ここに出てくる「占星術の学者」というのは、ペルシャのゾロアスター教の祭司階級の人だったようです。彼らはユダヤ教徒でもキリスト教徒でもありませんでした。その人々が星の導きを頼りに幼子イエスに会いに来て、イエスを拝み、贈り物をささげました。この話は単なる英雄伝説ではありません。イエスによってもたらされた救いが人種や民族の壁を超えるということを前もって表す出来事として、祝われています。その意味で、成人したイエスは異邦人とどのように出会われたのかが大切、マタイ福音書の中から2つの話を思い起こしたい。

 一つは8章にある百人隊長の話。彼はローマ軍の軍人でした。彼は病気で苦しんでいる自分の部下を助けたい一心でイエスに近づきます。「一言おっしゃってください。そうすればわたしの僕はいやされます」イエスは彼の言葉を聞いて感心し、「イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない」と言って、さらに「あなたが信じた通りになるように」と言われました。するとちょうどそのとき、僕の病気はいやされたとあります。
 もう一つは15章にあるカナンの女との出会いです。彼女には悪霊に苦しめられていた娘がいました。それでイエスに向かってどうか助けてください、と叫ぶのです。イエスは最初は断りましたが、彼女は「小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです」と言ってあきらめません。それに対してイエスは「あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように」と言われ、娘の病気はいやされました。

 共通しているのは、どちらの話でもイエスがこの異邦人たちの中に素晴らしい「信仰」を見ていることです。この信仰とはなんでしょうか? 神は天地の創造主で唯一の神であるとか、イエスは神の子キリストであると信じるような信仰ではない。占星術の学者たちも、百人隊長も、カナンの女も三位一体の神を信じていたわけではありません。彼らの抱いていた信仰というのは、とても素朴な信仰だったのではないでしょうか。その特徴は、神とイエスに対する大きな「信頼」と「謙虚さ」です。イエスが評価しているのは、信仰の内容(何を信じているか)というよりも、その思いや信仰態度(何を感じ、どう信じているか)だと言えるのではないでしょうか。その思いや信仰態度とはどういうものか? 勝手に言葉にしてみました。

 「わたしのいのちはただぽつんとあるのではなく、私個人を超えた大きないのちのつながりの中にこそある。わたしは人と人とのつながりによって生かされ、自然やさまざまなものとのつながりにも生かされている。すべてのいのちのつながりの根底に、何かしら大いなる力があって、それがわたしのいのちを生かし、守り、支え、導いてくれている。だから人間の力の限界を超えて、その力が働くということをわたしは信頼している。この大いなる力のもとでわたしは自分が小さい者であることを素直に認め、喜ぶことができる。そしてわたしと同じように小さな1つ1つのいのちをわたしは大切にしていきたいと願っている。」

 いや、勝手に言葉にしているだけです。でもイエスが評価している異邦人の中にあった思いや態度とはそういうものではなかったでしょうか。それはどの宗教の人の中にも認められるような信仰態度だと言えます。イエスはローマの百人隊長に向かって、あなたはローマの神々を信じているからだめだとは言いません。カナンの女に向かって、カナンの神々を信じているからだめだと言いません。ペルシャの占星術の学者たちは幼子イエスに出会ってゾロアスター教の信仰を捨てたわけではなかったでしょう。
 大切なのはその信仰態度。その信仰態度が人間に与えるものは何か。深いところでの安心感、心の平和、生かされている喜び、いのちの連帯感、謙虚さ、人を受け入れること、人への思いやり、、、そういうものだとしたら本当に素晴らしいと思いませんか。

 その反対は何でしょうか?「自分の力がすべて」「人間の力がすべてだ」という考えです。メシアの誕生を脅威に感じ、生まれたばかりの幼子を殺害しようとしたヘロデ王がおちいった態度です。いつも人と人とを比較して、自分よりも強い者の存在を許せないのです。その態度が悪だとか間違っていると言っても仕方ないのでしょう。ただ、そこには本当の喜びと平和がない、と言わざるをえません。
 今日、わたしたちは主の公現の出来事を祝います。東方から来た学者たちは、自分たちより大いなるものを認め、その前に跪きました。この学者たちの信仰内容ではなく、信仰態度に近づきたいと心から願いつつ、今日のミサをささげたいと思います。





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2016クリスマスカード



今年は例年のようにクリスマスカードを出すことができません。
この場を借りて、クリスマスと新年のごあいさつを申し上げます。
なお、この絵は作者のお母さんから使用許可をいただいてあります。
ありがとうございました。


   今日ダビデの町で、
   あなたがたのために救い主がお生まれになった
   この方こそ主メシアである
   あなたがたは、布にくるまって
   飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう
   これがあなたがたへのしるしである
    (ルカによる福音書2・11-12)


 クリスマスと新年のお喜びを申し上げます
 今年の春、長崎教区佐々教会で行われた障害者の四旬節黙想会で、わたしの話を聞かずに歩き回っていた自閉症の若者がいました。でも彼の描いた絵を見せていただいて、実はすごい理解力と表現力を持っていることに驚かされました。この絵がそれです。
 わたしは今、長期休暇中で、福島県南相馬市のカトリック原町教会に滞在しています。12月17日、カリタス原町ベースが教会の隣に移転し、「カリタス南相馬」として新たにオープンしました。できれば是非、福島の現実を見に来てください。
 新しい年がすべての人にとって平和な良い年になりますように。

          2016.12      ヤコブ 幸田和生




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キンメのアラのブイヤベース風

20160813

先日、茅ヶ崎の魚介料理店でキンメの舟盛りが出ました。
そのアラをもらって帰って冷凍しておきました。

本日それを解凍してブイヤベース風にしてみたんです。
加えた魚介はアサリだけなのに、なんでこんなにおいしいの???





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ワラサのカマ焼き

20160805

どうして説教よりも料理の写真のほうが人気あるの???
と、文句言いつつ、今晩の夕飯の紹介です。

ワラサはブリまで出世する一歩手前の魚です。かなり大きいのが2つパックで350円。
焼きナス、きゅうりのピリ辛。野菜は頂き物。
そして今日の沖縄への思いは、オリオンビールと島豆腐の冷奴!





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鯛かぶと2種

20160803

FBに先に載せちゃいましたけど、こちらにも。

スーパーで1パック237円が半額に!
思わず買ってしまいました。
半分を塩焼き、半分を兜煮に。

最高です! どちらも最高! 甲乙つけ難し!

安すぎ! おいしすぎ!


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