毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

高円寺教会堅信式のホミリア

almeida

前の記事に引き続き、大分ミニ巡礼の時の写真です。
これは大分県庁前にある「西洋医術発祥記念像」というもので、
中央の人物はルイス・デ・アルメイダです。
この像は医師として、治療を行っている場面を表していますが、
彼は戦国時代の日本に神のいつくしみの福音を伝えたすばらしい宣教師でした。

ところでなぜアルメイダかと言えば、今日、高円寺教会で堅信の秘跡を受けた
1人のブラジル人青年の苗字が、なんと「デ・アルメイダ」だったのです。
わたし一人で興奮していました!

というわけで今日のホミリアです。

●年間第16主日(マタイ13・24-43)

 きょう、このミサで堅信を受ける人はラッキーです。堅信式の日に、パン種のたとえが読まれる確率はたぶん100分の1ぐらいだからです!今日は堅信式を行いますが、ほんとうにそれにふさわしいたとえ話だと思います。

 わたしは25年ぐらい前にこの教会で助任司祭として働いていました。そのころからだと思いますが、自分でパンを焼くことをよくしていました。もともとは教会の子どもたちに、イエスさまの時代のパンとはどういうものだったのか、それをイエスさまが祝福して、裂いたということはどういうことなのか、分かってもらうためでした。イエスさまの時代のパンは丸くて平べったい形をしていました。ちょうど聖体のパンのような形です。でももっと大きくて、裂いてみんなで分けて食べるものでした。
 ミサで用いるパンはパン種が入っていません。種なしパンというパンです。これは旧約聖書の過ぎ越しの祭りの習慣から来ています。イエスが最後の晩餐を行ったのは、過越祭のときでしたから、ミサでは種なしパンを使います。でもイエスさまの時代も、普通はパン種が入って、少しふくらんだパンを食べていました。パン種は「酵母」とか「イースト」とも呼ばれて、パンをふくらますためになくてはならないものです。何時間もかけて、ゆっくり発酵させ、膨らんだ大きなパンができます。

 イエスは神の国はパン種のようなものだ、と言いました。小さなもの、目立たないものですが、全体に働きかけ、全体を変えていく働きをするというのです。イエスさまのもとに集まった人々はそんなに大勢ではありませんでした。キリスト教も最初は小さな集まりでした。でも、その人々が信仰と愛と希望をもって生きた時、世界は少しずつ変わっていきました。
 堅信の秘跡は聖霊をいただき、教会の使命にあずかるものとなる秘跡です。教会の一人前のメンバーになる。だから教会の働きをになうものになる、と言ったらよいでしょうか。その働きは、きょうの福音のたとえで言えば、パン種になることだと言えます。皆さんはパン種になります。ほんとうに小さなパン種です。日本の社会ではキリスト信者は人口の1%ぐらいしかいません。皆さんの学校や職場でも、ほとんどいないでしょう。でもパン種です。皆さんは社会全体を神の国に変えることができる、それがイエスさまの約束です。特に日本のようにキリスト信者が少ない国では、このパン種のたとえをいつも大切にしたいと思います。

 わたしたちはパン種として、日々の生活の中でできることがあります。それは日々出会う人を本当に大切にしていくこと。そんなにおおげさなことでなくてもいいのです。さびしい思いをしている人がいたら、声をかけてあげることかもしれない。病気の人をお見舞いしてしばらくそばにいてあげることかもしれない。辛い思いをしている人の話を聞いてあげることかもしれない。でもわたしたちはそういうことをとおしてパン種になれます。
わたしたちがこの世の中にあって、神の国のパン種として歩むために、3つのことを大切にしてほしいと思います。「聖書」と「祈り」と「共同体」です。

 聖書を読んで神様の思い、イエスさまの思いをいつも大切に受け取っていくこと、それはわたしたちがキリスト信者として生きていくためにどうしても必要なことです。聖書の中には本当にやさしい言葉もあり、ちょっと厳しい言葉もありますが、どちらもわたしたちが生きるための本当の糧となります。
 「祈り」は神様の前に自分を置き、ひと時を神様と共に過ごすことです。忙しければ忙しいほど、大切な時になります。いろいろなことに流されていかずに神の子として生きるためにどうしても必要なことです。日々の生活の中で祈る習慣を身につけてください。
 「共同体」と言いましたが、平たく言えば「信仰の仲間」です。わたしたちは一人で信仰の道を歩むことはできません。だれかと支えあい、励ましあって信仰の道を歩んでいくのです。そういう信仰の仲間を大切にしてください。
 そしてやはり「ミサ」ですね。聖書の言葉を深い味わい、一緒に祈り、信仰の仲間と励ましあいながら、また一週間を生きる力をいただく、このミサを大切にして行ってください。
 それでは堅信式を行いましょう。


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