毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

麹町教会堅信式ミサの説教

20150628

麹町聖イグナチオ教会の堅信式ミサでの説教です。
(写真はシスター杉原クラスの皆さんと)

●年間第13主日
         2015.06.28麹町教会堅信式

 第1朗読 知恵の書1・13-15、2・23-24
 第2朗読 二コリント8・7、9、13-15
 福音朗読 マルコ5・21-43

ホミリア
 ヤイロは娘のために手を置いてくださるよう、イエスに願いました。
 出血症の女性はイエスの衣服に手で触れていやされました。
 イエスは死んだ少女の手を取って、彼女をよみがえらせました。
 日本語にも「手当て」という言葉があるように、手を置くこと、手で触れること。そこには何か大きな力があると昔から人は感じてきたのです。

 今日の堅信式の中心にも手を置くことがあります。実は二回あります。最初は皆さんの上に手を延べて、堅信の祈りを唱えます。本当は触れる形で手を置いて祈ればいいのですが、おおぜいですからそれは無理。そのため、一同の上に手をかざしながら祈ります。もう一度は塗油(油を塗る)のときです。手を頭の上に置きながら、聖香油を塗油します。150人するのはかなり重労働です。それで、今日は何人かの司祭と一緒に分担して塗油をします。右手を頭の上に置きながらその右手の親指で油を塗ります。どの司祭に当たるでしょうか?すみません。誰に当たるかわかりません。でも本当はそんなことは大切じゃありません。皆さんに手を置いてくださるのは、本当は復活したイエスさまご自身です。司教の手を通して、司祭の手をとおしてキリストが皆さんに触れ、油を注いでくださるのです。そのことをとおして聖霊という神からの力をいただくのが堅信の秘跡です。

 ですから堅信の秘跡を受ける皆さん、皆さんは今日、キリストに手で触れられるのですから、同時に今日、イエスの言葉をしっかりと聞いて、受け取ってください。
 「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」
 出血症の女性に向かって言われた言葉です。彼女の病状は、当時の社会の中で単に肉体的な病気というだけでなく、宗教的な汚れとみなされていました。神から完全に断ち切られた状態であり、汚れを移さないために人に近づくことも禁じられていました。その彼女が必死の思いでイエスに近づき、イエスの衣に触れようとしました。
 その彼女を見つけだしたイエスはこう言うのですね。
 「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」
 このイエスの言葉は「あなたは神の救いを受けるにふさわしい人だ」という宣言ではないでしょうか。当時の考えからすればありえないことです。汚れていて、神からもっとも遠い存在、しかし、イエスから見れば、神はあなたにこそ救いの手を差し伸べてくださったのだ。彼女にとってそれは本当に大きな福音でした。そのイエスの言葉を今日、わたしたち一人一人に向けられた言葉として受け取りたいのです。

 第一朗読・知恵の書にこうありました。
 「生かすためにこそ神は万物をお造りになった。」(知恵1・14)
 この人は汚れた人間だ、と言って切り捨てるようなことを神様はなさらない.神様から見れば、すべての人がすべての被造物が、神に生かされるために創造されたのだ。
 イエスはヤイロに向かっても「この神に信頼を置きなさい」と呼びかけます。娘に死を聞き、絶望の縁にいるヤイロに向かって。「恐れることはない。ただ信じなさい」と言いますが、奇跡を信じろということではないのです。神がいのちの与え主であり、すべてのいのちを生かしてくださる方であることを信じなさい、というのです。
 今日は「堅信式」です。ほんとうにこの信仰を強めていただきましょう。わたしという存在は、神が生かすために創造された存在なのだ。わたしだけでなく、すべての人、人種、国籍、性別、職業、貧富の違いにかかわらず、すべての人を神は生かすためにこそ造られた。本当にその信仰をもって生きることができるように、聖霊によって強めていただきましょう。

 死んでしまった12歳の少女の手をとって、イエスは「タリタ・クム」と言います。「少女よ、起きなさい」という意味のアラム語です。この言葉も今日のわたしたちへのイエスの言葉として聞きたい言葉です。「タリタ・クム」
 イエスはわたしたちを立ち上がらせます。ご自分の弟子として、福音を告げる使徒として、神の愛のあかし人として、立って歩きなさい、とわたしたちに呼びかけます。わたしたちはみんな弱い人間です。みんな怖いのです。みんな自信がないのです。でも、イエスは「わたしが一緒にいるから、聖霊があなたがたを支えるから、だから立ちなさい、出かけて行きなさい」、そう呼びかけています。その呼びかけに答えるのが、堅信の秘跡です。

 皆さんのこれからの歩みの中でいろいろなことがあるでしょう。苦しいことや失望することがあって、倒れ込んでしまうこともあるかもしれません。そういう時、「タリタ・クム」と言ってイエスが呼びかけ、励ましてくださることをどうか思い出してください。イエスの言葉には力があります。「タリタ・クム」2000年前のガリラヤに響いたこの言葉、死んでしまった少女の耳に届いたこの言葉が、わたしたち一人一人の心に届きますように。そしてわたしたちを立ち上がらせてくださいますように。そう願いながら、この堅信式を行います。


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