毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

「正義と平和」全国集会 2015東京大会

20150923

実行委員長としての開会と閉会のあいさつを載せておきます。



第39回日本カトリック「正義と平和」全国集会 2015東京大会(9月21日〜23日)

【開会あいさつ】

 参加してくださっている皆さん、スタッフの皆さん、ありがとうございます。
 東京教区の教区司教は岡田大司教ですが、大司教は日本の司教協議会会長、さいたま教区教区管理者などのさまざまな仕事で忙しく、とても余裕がないということで、わたしが実行委員長になりました。確か昨年から実行行委員会を立ち上げましたが、実際には天本神父はじめ、事務局の皆さんがほとんど準備をしてくださいました。ありがとうございます。

 今年の大会のテーマは「戦後70年の今こそ、地上に平和を-痛みを知る神とともに-」としました。ご存知のように日本の司教団は戦後70年を迎える今年2月の司教総会で司教団戦後70年メッセージを発表しました。そのタイトルは『平和を実現する人は幸い―今こそ武力によらない平和を―』というものです。
 わたしたちが祈り願う平和は決して武力によって実現しない。イエスご自身がはっきりと「剣を取る者は剣で滅びる」とおっしゃっていますから、それはわたしたちの信仰上の確信であります。ではわたしたちはどうしたらいいのか?「武力によらない平和」を築くために何ができるのか、これがこの三日間の大きなテーマだと思います。

 現実には先週、安全保障関連の諸法律が成立してしまいました。まるで「武力によらない平和」と正反対の方向にこの国は動き始めようとしているのではないかと、大きな危惧をいだいています。その中でわたしたちにできることは何か、というとても切実で大きな問いの前に立たされています。
 テーマには「痛みを知る神とともに」をいう言葉を加えてあります。「痛みを知る神」は出エジプト記3章から取られた言葉です。神は戦争で殺されていく中東の子どもたちの痛みを知っている、難民となって海を渡ろうとするシリアの家族の痛みを知っている。日本の植民地支配と侵略戦争によって傷ついたアジアの人々の痛みを知っている。差別され、排除されている人々の痛み・悲しみを知っている。その神に信頼し、その神と共にわたしたちに何ができるかをこの三日間、考えていこうとしています。

 今日一日目は上智大学の中野晃一先生に基調講演していただきます。今の東アジアの現実を、そして日本の政治状況をどう見たらいいのか、鋭く明快なお話をしていただけると期待しています。
 二日目は分科会です。それぞれの場で人権と平和のために取り組んでいるわたしたちが互いに情報を分かち合い、平和のためにできることを一緒に考えていきます。
 そして三日目のシンポジウムと派遣ミサでは第二バチカン公会議から50年。わたしたちの教会は、社会の現実とどう向き合ってきたか、これからどう向き合って行くべきかを学び、そして、平和を実現するために働く力をいただきます。
 韓国から脱原発のカトリックのグループが参加してくださっています。ともに正義と平和の実現のために祈り行動することができることを心から感謝します。
 この三日間、正義と平和の源である神がわたしたちと共にいてくださり、わたしたちを力強く導いてくださいますように、一緒に祈りながらこの三日間を過ごしたいと思います。



【閉会あいさつ】

 実行委員会を代表して、心から御礼を申し上げます。全国からお集りの皆さん、韓国から参加してくださった皆さん、カトリック以外の方で参加・協力してくださった皆さん、事務局・スタッフの皆さん、分科会を担当してくださった皆さん、このミサの共同司式をしてくださっている教皇大使ジョセフ・チェノットゥ大司教、ありがとうございます。

 よい集まりになったと思います。しかし、それは現実が厳しいからだとも言えます。わたしたちを取り囲んでいるのは、戦争と暴力の現実、格差と排除の現実です。安保法制が国会で成立し、川内原発は再稼働し、辺野古では新基地建設が進められています。非正規雇用や外国人技能実習生などの厳しい現実もあります。中東では戦争が続き、多くの難民が生まれています。東アジアの国家間の緊張も続いています。その中で、わたしたちはそれぞれの場で、個々バラバラに、人権のため、平和のために働いているのではなく、連帯の中にあるということ、それを確認できたことがこの大会の素晴らしい成果だと思います。韓国のカトリック教会の皆さんとのつながり、プロテスタントの兄弟姉妹とのつながり、仏教の方々とのつながり、特定の信仰を持たない人とのつながり、大きなつながりの中でわたしたちが平和の実現のために働いていることを感じさせられました。それはほんとうに素晴らしい恵みでした。

 中野晃一先生の基調講演の中で、クリスチャンの若者・キリスト教系の大学の若者が個人の尊厳、人間の尊厳について確固としたものを持って活動しているとお話しくださいました。教会だから少しわたしたちをほめてくださったのでしょうか? でもそれは本当に大切なことだと思います。
 すべての人の尊厳の尊重。これこそが正義の内容であり、平和の基礎です。
 一人一人の人間の尊重、例外なくすべての人の尊厳が尊重されるべき。それを昨日の分科会で、今日のシンポジウムで、さまざまな角度から深めることができたと思います。

 神はすべての人をご自分の似姿としてお造りになりました。男性も女性も、どんな人種・民族の人も、どんな宗教の人も、神の似姿です。イエスはすべての人をアッバである神の子、兄弟姉妹と呼んでくださいました。特に苦しむ人、貧しい人の友として十字架の死に至るまでその人々と一つになる道を歩まれました。そして復活された主は今もわたしたちとともにいてくださり、助けを必要とするすべての人の中にいてくださいます。
 わたしたちはそう信じます。だからほんとうに一人一人の人間を尊重すること、人間とそのいのちを守ること、人権と平和の問題は、わたしたちの信仰の根本にかかわる問題です。そういう意味で宗教を単なるこころの問題にしてはならないのです。

 フランシスコ教皇は今、キューバに続いてアメリカを訪問していて、25日に国連本部で演説をすることになっています。教皇は本気で格差と排除、戦争と暴力のない世界を目指して働いておられるとわたしは感じています。わたしたちのそれぞれの働きが、この教皇の働きとつながっていることも感じたいと思います。そしてこれからもわたしたちが勇気と希望をもって歩むことができるよう聖霊の助けを祈り求めつつ、実行委員長としてのあいさつとさせていただきます。




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