毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

成城教会堅信式のミサ

今回は祭壇前での記念写真をiPhoneのair dropでいただいたのですが、
受堅者の顔はやっぱりまずいかと思って、写真なしになってます。
残念!

●年間第30主日(マルコ10・46-52)
                      2015.10.25成城教会にて
 堅信式ミサのホミリア
 今日の福音はバルティマイという名の目の不自由な人がイエスと出会っていやされる物語でした。イエスさまには何か不思議な力があって、そういうことをしていたのですね。ただの奇跡みたいな話ではなく、それぞれの人との特別な出会いの中での出来事でした。今日のバルティマイの物語もそうです。場所はエリコという町。イエスさまがガリラヤからエルサレムの都に向かう途中で立ち寄った町。エルサレムまで残り30キロ足らず。イエスさまはその町を出て、いよいよエルサレムに向かおうとしておられました。エルサレムは、神さまの計画の中でイエスが苦しみを受け、殺される町。そのことをとおしてすべての人に救いがもたらされるようになる町でした。イエスはそこに向かっていきます。

 イエスさまは、神はすべての人の父母、親のような方で、どんな人でも例外なく、無条件に大切にしてくださる方だと教えました。言葉で教えただけでなく、出会う人との関わりをとおしてそのメッセージを伝えていきました。特に病気の人、障がいを持っている人、貧しい人、弱い立場に置かれている人、一人一人を大切にする関わりをとおして、神さまの愛を伝えていきました。でもその生き方と教えは、当時のエリートの人たちには気に入らなかったのです。自分たちだけが神の心にかなうことを行なっている。だから神さまは自分たちを特別優遇してくれるはずだ。そう考えていた人たちは、イエスさまを嫌って、最後には十字架にまで追いやっていきました。

 そういう中で、今日のバルティマイという人がイエスに出会います。
 彼は「盲人の物乞い」と紹介されていますが、本当に何も持っていない人でした。この前に3人の人が登場します。一人は金持ちで、幼い頃から神の掟を守ってきたと思っている人。たぶん何でもできると自分で思っていた人。でも彼はイエスに出会い、「すべてを捨ててわたしに従いなさい」と言われて、従うことができませんでした。次に出てきたのはヤコブとヨハネというイエスさまの弟子でした。この弟子たちはペトロに次ぐ二番弟子、三番弟子でした。もちろん熱心にイエスに従おうとしていたことでしょう。彼らはイエスさまに願いました。「わたしたちをあなたの右と左に座らせてください」二番三番じゃなく、一番弟子と二番弟子にしてください、ということです。イエスさまは彼らの願いに応えず、自分の道はそんな道ではないと諭しました。

 この人たちから見たら、バルティマイは本当に何もできない、何も持っていない人。彼にできたことは、「主よ、わたしをあわれんでください」と言うことだけでした。人々はバルティマイを黙らせようとします。邪魔者扱いします。しかし、イエスさまは違いました。イエスは彼の叫びを聞いて立ち止まり、「あの人を呼んできなさい」と言います。イエスにとって、苦しみの中から叫んでいる人の存在は決して無視できません。彼が近くに来ると「何をしてほしいのか」と言い、「行きなさい、あなたの信仰があなたを救った」本当に彼のために一番よいことをしてあげようとするのです。十字架に向かう最後の最後までイエスさまの目と心は苦しむ人、弱い立場に置かれた人に向けられていました。

 バルティマイの喜びと感動が分かりますか? すべての人に見下され、邪魔者扱いされる中でイエスさまがこのわたしに目を止めてくださった。このわたしを呼んでくださった。それを知ったので上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのもとに近づきました。そしてイエスによって目をいやされ、見えるようになりました。だからバルティマイは喜んでイエスに従って行くことになったのです。
 前の人たちと対照的です。マルコ福音書はここに教会の原点がある。ここにわたしたちキリスト者の一番深いイエスさまとの出会いがある、と伝えたいのではないでしょうか。何を持っていない、何もできないわたしが無条件にイエスの愛を受けて、イエスに呼ばれてイエスのもとに来た。どんな人も招かれている。だれも排除されない。これが教会です。

 「えっ、わたしもそうなの?」と思うかもしれません。赤ちゃんのときのことを考えてみてください。皆さんの中の多くは幼児洗礼を受けました。そのとき何も持っていませんでした。洗礼を受けたいとか受けたくないとか言うこともできませんでした。でも洗礼を受けて教会のメンバーになりました。赤ちゃんは本当に何にもできないところから出発します。神さまと親の愛がなければ生きていけない、それがすべての人間の出発点です。そう考えれば、今日のバルティマイの姿はわたしたちの姿でもあります。本当に神さまのイエスさまの大きな愛がわたしたちを包んでいます。あなたは無条件で良いものなのだ、そのメッセージをもう一度しっかり受け取ってください。いろいろな苦しみや悩みに出会うときに、そのメッセージを思い出してください。わたしたちはもっとも深いところで大きな愛に包まれているのです。

 そしてその上で、神さまの愛、イエスさまの愛、親の愛のうちに成長して、じゃあ、その神さまに、イエスさまにどう応えるのか、というのが今日の堅信式のテーマです。皆さんは無条件にイエスさまから呼ばれました。今日の堅信式はもう一つの呼びかけです。それは「わたしの弟子になりなさい」というイエスさまからの呼びかけなんです。
 シスターや神父になることかもしれない。普通の仕事をして、人のために働いて、家庭を作り子どもを育てることかもしれない。その中で神と人を大切にし続けること。今の学校や人間関係の中でも何かできることがあります。イエスさまの弟子として信仰と愛をもって生きること、今日の堅信式でその力をいただきます。どうか皆さんがイエスさまの弟子として元気に歩み続けることができますように。そう祈りながら堅信式を行ないます。



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