毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

復活の主日・日中のミサ

20160327

日中のミサは関口カテドラル8時がわたしの担当でした。
桜が咲き始めています(って、開花してからもう一週間ほとんど変化なしですが…)

●復活の主日・日中のミサ
 使徒言行録10・34a、37-43/コロサイ3・1-4または一コリント5・6b-8/ヨハネ20・1-9
                        2016.3.27関口カテドラル
 ホミリア
 イエス・キリストの復活についてのもっとも古い記録は、パウロが書いたコリントの教会への第一の手紙15章にあります。
 「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。」(15・3-5)
 これが一番大切なキリスト教のメッセージで、「ケリュグマ」と言います。ケリュグマとは「告げ知らせる」という意味の動詞から来た言葉で、「告知内容」を意味します。一番大切なキリスト教のメッセージはこれなんですね。キリストの死と復活ということ。毎週唱えている信条の中にもはっきりと出てきます。
さらにパウロは続けています。
 「次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。」(15・6-8)
 その復活ということは過去に一回起こった出来事ではなく、今も続いている出来事。今もイエスはわたしたちとともにいてくださる。それがわたしたちの信仰なのです。これがケリュグマの中心であり、これがわたしたちの信仰内容の中心です。

 このケリュグマ、根本的なメッセージをもっとわかりやすく言う言葉がありました。それはフランシスコ教皇が書かれた『福音の喜び』という本の中にあります。
 「イエス・キリストはあなたを愛し、あなたを救うためにいのちをささげました。キリストは今なお生きておられ、日々あなたのそばであなたを照らし、力づけ、解放してくださいます」(164)
 パウロのケリュグマと同じ内容ですが、あのイエスの出来事・死と復活の、今のわたしたちにとっての意味をもっとはっきりと表しています。「ケリュグマ(告知する内容)」ですから二人称で語られていますが、一人称にすれば、本当にわたしたちの信仰の内容を表す言葉になります。
 「イエス・キリストはわたしを愛し、わたしを救うためにいのちをささげました。キリストは今なお生きておられ、日々わたしのそばでわたしを照らし、力づけ、解放してくださいます」
 教皇はこれが最初のケリュグマであり、時間的に第一であるというよりも質的に第一のケリュグマだと言われます。そして教皇はこうも言います。
 「キリスト教の養成はすべて、肉となり、よりよいものとなるまでケリュグマを深めていくことです」(165)
 今年も復活祭を迎えて、このキリスト教の核心のメッセージを改めてしっかりと味わいましょう。
 「イエス・キリストはわたしたちを愛し、わたしたちを救うためにいのちをささげました。キリストは今なお生きておられ、日々わたしたちのそばでわたしたちを照らし、力づけ、解放してくださいます」(164)

 わたしたちの世界には厳しい現実があります。聖週間に入ってから22日の火曜日にベルギー・ブリュッセルの連続テロが起こりました。北朝鮮はあいかわらず軍事的な挑発行為を繰り返しています。聖金曜日には、日本で2人の死刑囚の死刑が実行されました。
 簡単にゆるしとか言えない現実があることは確かです。もういつくしみとか愛なんて言っている場合じゃないんじゃないかという考えもあるでしょう。

 それでも愛は憎しみに打ち勝つ。
 そう信じるのがわたしたちの十字架と復活の信仰です。イエスが憎しみを受け止め、暴力を受け止め、裏切りを受け止め、すべてを愛に変えてご自分のすべてを十字架の上でささげた、その限りない愛は、憎しみと暴力に打ち勝ち、死に打ち勝った。
 わたしたちは主の復活を祝う今日、そう宣言します。
 だからわたしたちは「報復」を肯定する考えには陥りません。社会秩序を力で維持することができるという考えにも陥りません。本当に一人一人の人間を大切にすることの中にしか、平和がないという確信を持ち続けるのです。
 わたしたちがどんなときもキリストの十字架の愛に結ばれ、キリストの復活のいのちに結ばれて生きることができますように。アーメン。
 ご復活おめでとうございます。ハレルヤ。


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