毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

三位一体の主日のミサ



先週6月8日(木)の夕刻、原町教会とさゆり幼稚園の上に虹がかかりました。
よく見ると虹は二重になっていました。
神の祝福と希望のしるしだよね!

●三位一体の主日
聖書箇所:出エジプト34・4b-6, 8-9/二コリント13・11-13/ヨハネ3・16-18
2017.6.11カトリック原町教会

ホミリア
 今日、三位一体の主日にいただいた福音の言葉は、あまりにも有名なみ言葉です。
 「神は、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネ3・16)
 キリスト教信仰のすべてを凝縮したような一言、それがこの言葉です。この言葉を本当に深く味わえたらよいと思います。
 ヨハネ福音書は、イエスを神の「ひとり子」と言います。この言葉はもちろん「一人っ子」というのが元の意味ですが、兄弟姉妹がいないという意味ではありません。わたしたちは皆、神の子ですし、イエスの兄弟姉妹です。でもイエスは特別な意味で神に深く結ばれた方なので、「ひとり子」と呼ばれています。「ひとり子」というのは他の人(兄弟姉妹)との関係を表すための言葉ではなく、父である神との特別な親しい関係を言うための言葉なのです。

 ヨハネ福音書では、「ひとり子」について語るもう一つの大切な箇所があります。
 ヨハネ1・18「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいるひとり子である神、この方が神を示されたのである。」
 このひとり子は神と等しい方、神と完全に一致している方で、目に見えない神を目に見える形で現してくださった方。そういう方を神はわたしたち人類に与えてくださったとヨハネは言うのです。
 イエスという人が立派な人で、神に忠実に従い、人を大切にして生きた。いろいろ素晴らしい教えを残してくださった。だからわたしたちはイエスにならい、イエスの言葉を守って頑張って生きていきましょう。それもありますが、キリスト教というのは、それだけじゃないのです。イエスの生涯のすべては、神の人類に対する決定的な救いの働きかけだった。イエスの生き方も、その受難と死も、そして復活も、すべては神が人間を愛し、人間を救うためになさったことだったのだ。イエスが「アッバ、おとうさん」と呼んだ神は、本当に信頼に値する方で、イエスの生涯のすべてをとおしてご自分を完全に現された。イエスとご自分が一つであることを示してくださった。わたしたちはそう信じます。
 
 現実の世界は悪い時代に向かっているように感じられるかもしれません。テロが繰り返され、ミサイルで他国を挑発するような国もあります。多くの国は自分の国の利益を第一に考え、お金や暴力が世界を動かしているかのよう。身近なところでも目先の利益に振り回され、自分のことしか考えない傾向がある。そしてそこから不正やウソ、言葉の暴力やいじめが起こってくる。わたしたちは、そんなことを経験しているかもしれません。
 神様はどこにいるのか、神様はなぜこんな世界を許しておられるのか?神がいるとしたら、わたしたちのために何をしてくださるのか。
 そのとき、わたしたちは今日のヨハネの言葉を思い出します。
 「神は、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された」

 決定的に神がなさったこと、それはひとり子イエスを世に与えてくださったことだとわたしたちは信じます。
 聖書をとおしてわたしたちはイエスの言葉と生き方を知ることができます。イエスが貧しい人や苦しむ人々の中で、また、ご自分の困難と苦しみに直面する中で、どのように生きたかを知っています。神への信頼を貫き、人への愛を貫いたイエスの生き方を知っています。そしてそれが決してむなしくはなかったということを知っています。だからわたしたちはどんな状況の中でも希望を失いません。イエスとともに信頼と希望と愛をもって歩み続けることができます。

 もう一つわたしたちが信頼するのは聖霊の働きです。神は聖霊を遣わし、すべての人の心に働きかけてくださっています。それは2000年前のペンテコステの日の話ではなく、今もそうなのです。神はすべての人の心に働きかけてくださっている。人の心がどんなにゆがんでしまっていても、富や欲望に振り回されていても、それでも神はそのすべての人の心に真理と正義と愛を求める心を呼び覚ますよう働きかけてくださると信じます。少なくともわたしたち、キリストを信じるわたしたちは、自分の心に働きかける聖霊の働きに心を閉ざしたくない、聖霊の導きに心を開き、それに従いたい。真理と正義と愛に向かって歩み続けたい。

 ヨハネの第一の手紙にこうあります。
 「いまだかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛し合うならば、神はわたしたちの内にとどまってくださり、神の愛がわたしたちの内で全うされているのです。」(一ヨハネ4・12)
 三位一体の主日にあたり、この愛である神、父と子と聖霊のいのちがわたしたちのうちに満ち溢れますように、ご一緒に祈りましょう。



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