毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

1月1日神の母聖マリア ミサの説教

kashiwa maria

あけましておめでとうございます。
新しい年、皆さまの上に神の祝福が豊かにありますように!

●神の母聖マリア(ルカ2・16-21)のミサ
 2014.01.01カトリック豊四季教会にて
 (写真は豊四季教会聖堂にある平和の元后聖マリア像です)

ホミリア
 今日、わたしたちは祈りのうちに新しい年を始めようとして、ここに集まっています。わたしたちの周りには神社やお寺に行く人が多いのですが、でもわたしたちは教会に集まりました。もちろん、この新しい年が個人的に良い年であるように、そして、世界中のすべての人にとっても良い年でありますようにと祈る気持ちは誰でも同じでしょう。ただキリスト信者であるわたしたちには特別な思いもあります。
 1つは今日がクリスマスから1週間目ということです。一般の日本社会では、「クリスマスが終わって、お正月が来る」という感じかもしれませんが、キリスト信者にとっては、「クリスマスの喜びのうちに新しい年を迎える」というほうが合っているように思います。クリスマスは12月25日で終わってしまう年中行事のお祭りではなく、その日から決定的なことが始まったということを思い起こし祝う日なのです。神の子イエスがあんなに小さく貧しい姿で世に来られ、わたしたち人類の一員となってくださった。わたしたちの兄弟となってくださった。神はわたしたちと共にいてくださる(インマヌエル)。そのことはクリスマスの日から始まって、今もずっと続いています。
 今日、読まれた福音書の場面は、クリスマスの夜に読まれた箇所に続く場面で、天使から救い主の誕生を告げられた羊飼いたちが、幼子イエスのいたところを訪問するという箇所です。彼らは、マリアとヨセフと幼子イエスを見つけ、「神をあがめ、賛美しながら帰っていった」とあります。
 いつも思うのですが、幼子イエスは羊飼いたちに立派な説教をしてくれたわけではありません。パンを増やしてくれたわけでもなく、病気を治してくれたわけでもありません。でも羊飼いたちは、「神をあがめ、賛美しながら帰っていった」のです。それは本当に神がわたしたちとともにいてくださるしるしとして、この幼子を見つけたからです。わたしたちも新しい年を神が共にいてくださる年として喜びと感謝のうちに過ごすことができますように、心を合わせて祈りましょう。
 もう1つ、教会で祈るわたしたちにとって特別なことは、この日が、世界の平和のために祈る日だということです。
 この教会の保護者である「平和の元后」というマリア様の呼び名は、1915年、第一次世界大戦の勃発に心を痛めたベネディクト15世教皇によって定められました。また1月1日の「世界平和の日」は、1968年、ベトナム戦争が激化する中でパウロ6世教皇によって始められました。どちらも悲惨な戦争の真っ只中で、平和への切実な願いを込めたものです。パウロ6世教皇以降、毎年、教皇はこの日のためにメッセージを出します。今年は、昨年就任したフランシスコ教皇の最初のメッセージが出されました。タイトルは「平和への道の基盤としての兄弟愛」となっています。兄弟愛と訳された言葉は、ラテン語でfraternitas(英語でfraternity)ですから、「兄弟であること、兄弟性」と訳したほうがよいかもしれません。
 本当にわたしたちが神を父とし、互いを兄弟姉妹として思うところから平和が実現していくということをフランシスコ教皇は、強調しています。わたしたちは去年、信仰年を過ごしてきて、父である神とのつながりを深めようとしてきましたが、神を父とすることは、隣人を、すべての人を兄弟姉妹とすることとつながっています。平和のために必要なことは、本当にすべての人を兄弟姉妹として受け入れて生きるかどうか、そのことが問われるとフランシスコ教皇は語っているのです。
 平和のための働きとして2つのことがよく言われます。1つは「平和維持」ということ。今の南スーダンのような悲惨な内戦の中で人々をなんとか守るために各国が軍隊を出し、軍事衝突が起こらないように監視する。それもある場合には必要なことなのでしょう。でもそれだけで平和が実現するわけではありません。平和のためのもう1つの働きは、「平和構築」という働きです。Peace keepingではなく、peace building。なんか英語で言ったほうがわかりやすいかもしれません。貧しい国の貧しい人々の中で教育や、保健衛生や、手に職をつけることなどの活動はこの平和構築の活動と言えます。身近なところで、隣国の人と親睦や相互理解を深めることも平和構築の1つでしょう。東日本大震災の被災地での教会の活動も「平和構築」のためだと言った人がいます。本当にそうだと思います。すべての人が安心して、人間らしい生活ができるようにすること、それが平和のためのもっとも大切な基礎となる働きなのです。このようなpeace buildingの活動はわたしたち誰もが、何らかの形で参加できることであるはずです。
 わたしたちは神の子イエスが人類の一員となり、わたしたちの兄弟となってくださったことを祝っています。そのわたしたちはすべての人を兄弟姉妹として大切にしたいし、本当に人類すべてが兄弟姉妹と共に生きるために、自分にできることが見つけていきたい。そう願いを込めて、このミサをささげたいと思います。


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