毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

一致の原点 イエス・キリスト

sanko church

写真は日本聖公会三光教会。大田区にあるステキな教会でした。
ここで1月19日(日)にキリスト教一致祈祷週間 東京集会が行われました。
さまざまな教派の200人ぐらいの方が集まり、一緒に祈ることができました。
感謝。
以下、そのときの説教です。

●キリスト教一致祈祷週間東京集会
 「一致の原点 イエス・キリスト」(Iコリント1・1-17、マルコ9・33−41)

 今読まれた福音書は今年のキリスト教一致週間のために選ばれた箇所です。
 「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」
 これは何でしょうか。謙虚になりなさい、という教訓でしょうか。他者に寛大であれ、自分たちのグループに属さない人たちにも大きな心をもって接しなさい。そういう教訓なのでしょうか。
 わたしたちは今日、キリスト者の一致を願って、ここに集まっています。確かにキリスト教の歴史の中で、いろいろな傲慢や不寛容が分裂を引き起こした、だからもっと謙虚になりましょう、互いに寛容になりましょう。そのとおりです。だとしたら、カトリック教会はイの一番に反省しなければならないでしょう。
 今年の一致週間を準備したのは、カナダの教会だそうです。そこにはいくつかの痛みがあります。1つはキリスト教をカナダに伝えた人々が先住民の文化に尊敬を払わなかったこと、もう1つはカナダという国がフランス語と英語を公用語としていることから分かるように、二つの文化的伝統があり、それは二つの宗教的伝統でもあること、歴史的にカトリックとプロテスタントの分裂の傷を引きずっていることです。それ以外にもさまざまな分裂の傷があるようです。
 そのような傷を乗り越えるにはどうしたらよいのか。人間的なレベルの努力も必要でしょう。自分がもっと謙虚になって、他の人を尊重して、お互い相手に優しくなれば一致できるのではないか、そういう面ももちろんあります。
 しかし、キリスト教一致の根本にあるのはそういうことではありません。人間同士、人間的なレベルで、話し合って、どうやって妥協したり、協調したりしていけるか、それは本当のキリスト教一致の道ではないはずです。
 実はカトリック教会にとって、今年は記念すべき年です。第二バチカン公会議で「エキュメニズムに関する教令」が発表されて50年という年だからです。この教令は、エキュメニズムについてのカトリック教会の姿勢を大きく変えるものでした。
 それまで、カトリック教会で「教会一致」と言えば、分かれた兄弟たちがカトリック教会の交わりに帰ってくること、(言ってしまえば、プロテスタントの人々が回心すること)そういうイメージで捉えられていました。
 しかし、第二バチカン公会議は、そうではない一致の道を示しました。
 それは「教会の刷新と内的な回心による一致」という道です。
 教会がもっともっとキリストに忠実であろうとすること、一人一人のキリスト者がもっと深くキリストに結ばれて生きようとすること、お互いに本当にキリストに立ち返るならば、そこに一致が見えてくるはずだ。これが第二バチカン公会議のビジョンでした。カナダの教会一致運動もそこから多大な影響を受けているようです。
 今日の福音書の箇所をもう一度味わいましょう。これは単なる倫理的な教えなのではありません。そこにイエスご自身の姿を見つめることできるし、それが大切なことです。この箇所はマルコ福音書の2回目の受難予告の後の言葉です。イエスは真っ直ぐに十字架への道を歩んでおられます。人々の救いのために、すべての人を神のもとへ、永遠の故郷へと連れ帰るために、ご自分のすべてを投げ出し、ご自分のいのちを与え尽くす。それがイエスの道でした。
 「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」(マルコ10・45)
 これがイエスの道でした。わたしたちの回心は、このイエスのもとに立ち返ることです。わたしたちが求めるのは、「柔和・謙遜」という一般的な標語ではありません。イエスの生きた謙遜に少しでも近づき、イエスの生きた柔和さに少しでもあずかろうとする、それがわたしたちの回心です。
 第一の朗読、パウロはコリントの教会への手紙で言います。
 「キリストはいくつにも分けられてしまったのですか?」
 そんなことはありません。わたしたちの一致の原点はこの方です。この方以外におられません。本当にキリストに立ち返れば、わたしたちはそのとき、本当にひとつになれる、そう信じて歩むのがエキュメニカル運動の歩みなのです。
 キリストがアッバである神に祈ったように、わたしたちも祈ること。
 キリストがわたしたちを愛したように、わたしたちも愛すること。
 この祈りを、愛を深めることこそが、一致への道なのです。
 カトリック教会でエキュメニズム教令が出て、カトリックがエキュメニカル運動に加わってから50年。本当の一致への道はまだまだです。しかしこの50年で大きな成果もあったことも事実です。50年前には考えられなかったような教派を超えたキリスト者同士の相互理解、友好的な交わり、共に働くことが実現しています。特に人権、平和、被災地支援、ホームレス支援などの分野で、一緒に働くことができています。これからもこのわたしたちが一致に向かう道を歩み続けることができますように。そのためにいつも主イエスに立ち返り、より深く主に結ばれますように。聖霊の導きと助けを祈り求めましょう。

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2014-01-21 (Tue) 08:58