毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

広島平和祈願ミサ

今日は広島の原爆の日です。わたしはこの日をはじめて広島で迎えました。
これから慰霊のミサに参加します。

東京教区でもこれからいろいろな平和旬間行事があります。わたしは8日の日曜日は立川教会に行きます。
祈りのリレーも10日間、ほとんどつながりました。皆様の思いに感動しています。
心を合わせて、平和のために祈りましょうね。

昨夜、広島教区の世界平和記念聖堂で行われた平和祈願ミサでのわたしの説教を載せます。


●2010.08.05広島平和祈願ミサ

   第一朗読:イザヤ2・2-5  福音:ヨハネ20・19-23

 「はじめて来た司教さんに説教をお願いしている」と三末司教様に言われて、今ここに立っています。
 わたしは2005年2月に司教叙階を受けました。その年の6月、はじめて日本司教団の一員として、定例司教総会に参加しました。そのときの大きな議題が、「戦後60年平和メッセージ」についてでした。
 実は簡単ではありませんでした。特に問題は、第二次世界大戦中の教会の戦争協力についての反省の部分でした。準備された案では、教会の戦争協力についての責任が明確に表現されていました。そこをはっきりさせなければ先に進めないという考えだったと思います。しかし他方、年配の司教さんたちにとっては、戦時中の国家の圧力の中ではどうすることもできなかったという思いもありました。自分の直接知っている先輩たちのことを責めるかのような表現に抵抗もありました。長い時間議論が続きました。何度も草案は書き直されました。それでも、その総会中にメッセージを採択するのはとても無理ではないかとわたしは思いました。司教団のメッセージですから原則的にすべての司教が賛成しなければなりません。どの意見にも大切な面があると思いましたし、わたしはだんだんその場にいるのが苦しくなってきました。

 結局、メッセージは1つにまとめられ、採択されました。意見の違いはあっても、一致して言うべきことをきちんと言おうという形で取りまとめられました。それが「非暴力による平和への道」というメッセージになりました。その時点で、どうしても平和のためのメッセージを出さなければならない、という思いで司教団は一致していたのです。共通していたのは「日本のカトリック司教団として、平和のためにできるかぎりのことはしなければならない」という思いであり、その平和への道は軍備を増強したり、アメリカの軍隊の力で国を守るというようなことではなく、あくまでも非暴力で、軍事力ではない仕方で平和を作ることであるはずだ。その点で司教たちは一致していました。その採択に立ち合わせていただいて、わたしはこの司教団の一員にさせていただいたことを神様に感謝しました。「非暴力による平和への道」それは5年たった今、改めて強調したいことです。

きょうのミサの第一朗読で、イザヤ書の素晴らしい箇所が読まれました。
「彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。」
 核兵器のない世界を2020年までに実現しよう、という呼びかけに多くの人が共感し賛成しています。しかし、10年たてば突然、自動的に実現するのではありません。地道な努力が必要です。その根本に「非暴力による平和」という考えが必要です。軍縮のための努力が本気で求められますが、そのためには、軍備や基地による安全保障という考えを捨て、最終的にいっさいの軍備を持たないことを目指して一歩一歩歩んでいくことが必要なのです。核兵器のない世界を実現するためには、核兵器によって国の安全を守るという考えをほんとうに捨てなければなりません。それだけでなく沖縄の米軍基地によって日本の安全を守るという考えを本気で捨てなければなりません。現実は簡単ではありません。でも方向性はそれしかない。非暴力による平和への道を歩むことです。

きょうのヨハネ福音書20章の箇所には大切なヒントがあります。
イエスの死後のことでした。「弟子たちはユダヤ人を恐れて自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた」状況はまったく平和ではありませんでした。イエスは殺され、自分たちも殺されるかもしれない。その中で弟子たちは必死に鍵をかけて自分たちの安全を確保しようとしていました。そこへ現れたキリストは「あなたがたに平和」とおっしゃいます。その平和は、もう危険はなくなった、という平和ではありませんでした。「死に打ち勝ち、復活のいのちを生きているキリストがともにいる。だから何も恐れることはない」という平和です。わたしたちがミサのたびに確認している平和は、そういう平和なのです。「わたしは平和をあなたがたに残し、わたしの平和をあなたがたに与える」「主の平和がいつも皆さんとともに」。それはある意味でもう、ミサのたびに実現している平和ですが、同時にまだまだこの世界の中で実現していない平和なのです。人類が核兵器に頼り、軍事力に頼って安全を確保しようとしている限り、ほんとうには実現していない平和なのです。だからミサは、すべてのミサは、平和祈願ミサだと言えます。

 日本のキリスト教会は特別な意味で平和のために働くミッションをいただいています。前教皇ヨハネ・パウロ2世は20世紀前半のポーランドでの戦争の体験から、現代のあらゆる戦争にはっきりとノーと言われました。わたしたちも20世紀前半の日本の体験、特に沖縄・広島・長崎の人々の体験、またアジア諸国に対する加害の体験からもはっきりと戦争反対といのちの尊重を訴え続けなければなりません。わたしたちの信仰は民族や国籍で人を分断する考え方と真っ向から対決します。すべての人が同じ神の子であり、互いに兄弟姉妹であることをわたしたちは信じています。国を越えた人と人との理解とつながりを深めていこうとします。そこにキリスト信者の大きな役割があります。世界中の貧しい人々の苦しみに共感し、すべての人のいのちと尊厳を大切にすることはわたしたちの信仰の中心課題です。東京教区では毎年平和旬間のための祈りを作っています。それを紹介してわたしの話を終わりたいと思います。

「全能の神よ、あなたがお造りになったこの美しい世界は 多くの戦争によって汚されてきました。あなたがお造りになった人間は、数知れない兵器によっていのちを奪われてきました。神よ、わたしたち人類に、核兵器や軍事基地に頼るのではなく、非暴力による平和への道を歩む勇気と知恵をお与えください。十字架によって、すべての人の和解をもたらされた主イエス・キリストをとおしてこの祈りをささげます。アーメン。」

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コメント


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広島での平和祈願ミサの説教ありがとうございました&お疲れ様でした。

それにしても、当時の社会的事情や立場を念頭に入れてメッセージを考えねばならぬとは、司教も大変ですね。

アズマ | URL | 2010-08-07(Sat)12:06 [編集]


広島行ってきました

広島に行ってきました.
原爆供養塔前から世界平和記念聖堂までの行進に参加し,
平和祈願ミサに与りました.
何人もの司教様,何人もの司祭様,ベトナムからの神学生さんやシスターたちとともに,アーメンハレルヤ
を歌いながらの行進で,ひとつになっている思いがしました.
そして,平和記念聖堂にたどりつきひざまずいたとき,
なんとも言えない平安な気持ちに包まれました.

幸田司教様のお説教の声と響きが聖堂いっぱいに広がって,
聖霊に包まれているような感じでした.
いただいた聖体拝領のパンは蜜のように甘く感じました.

福音書に戻るたびに,イエスは私たちのところまでおりてくださっていることを再確認できます.
このブログができていなかったら
イエスの呼びかけが聴こえなかったかもしれない.
イエスの呼びかけに応えて広島に行ったのだと今になってわかりました.

Maria & Marie Gabrielle | URL | 2010-08-07(Sat)18:41 [編集]


長崎の日に追記

映画化もされた作品なので既に御存知かもしれませんが、こうの史代さんの「夕凪の街 桜の国」と「この世界の片隅に」(いずれも双葉社刊)は読まれましたか?
まだ読んでないなら、ぜひ御一読を。

アズマ | URL | 2010-08-09(Mon)12:39 [編集]


アズマさん、コメントありがとうございました

永遠不変の真理を語るだけじゃダメだと思っているんです。

やっぱり、時間と空間の中に生きている生身の人間相手ですから・・・ね

こうだ | URL | 2010-08-10(Tue)09:13 [編集]


Maria & Marie Gabrielleさん、コメントありがとうございます

わたしも広島に行ってほんとうによかったと思いました。

東京から行った青少年のグループは平和行進に参加しないのだと思っていたら、
後から気づいて、あわてて平和行進に参加していました。

彼らの心にも、いろんなものが残ったことでしょう。

こうだ | URL | 2010-08-10(Tue)09:26 [編集]


Re: 長崎の日に追記

どちらも知りませんでした。
探してみますね。教えてくださってありがとう。

こうだ | URL | 2010-08-10(Tue)09:28 [編集]


平和の大切さ

山崎豊子さんの「二つの祖国」をちょうど読み終えました。
戦争によって沢山の人が犠牲になり、その最たるもの、原爆。世界の平和を祈ります。
前教皇様が戦争に反対されていらっしゃったこと、そして、数年前、天に召されたときにサンピエトロ寺院に朝から並んでお祈りしたことを思いだしました。

Maria Regia | URL | 2010-08-12(Thu)21:51 [編集]


hiroshima

6日 東京の天本神父さんのグループと埼玉・横浜・来ている人たちと一緒に広島城周りの加害の歴史や原爆の跡を回りました。その時、志村教会から参加された方が広島に来てよかった。ミサで初めて涙が出てきた。教会の平和活動はお年寄りばかりで、なにか教えてもらう感じだけど、広島は若い人たちばかり。お互い同じ高さで平和を伝えあう感じがしました。見知らぬ他の教区の人たちと初めて会って、一緒に回る。相手を信じて、相手を受け入れて、初めて平和が創れることを感じました・・・と話されていました。来年もぜひ東京の皆さんと一緒に平和を創りわかちあいたいな!とおもいました。

追伸 
タクシー代ありがとうございました。

おおさか | URL | 2010-08-29(Sun)13:55 [編集]


Re: 平和の大切さ

コメントありがとうございました。
お礼が遅れて申し訳ありません。

今こそ平和のために祈りたいです!

幸田和生 | URL | 2010-09-17(Fri)08:45 [編集]


Re: hiroshima

コメントありがとうございました。お礼が遅れて申し訳ありません。

あの日は暑かったですね。
広島に集まった人々の平和への思いも熱い、と感じました。

来年はもっとおおぜいの青少年を連れていきたいな、と思っています。
よろしく♪

幸田和生 | URL | 2010-09-17(Fri)08:49 [編集]