毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

松戸教会にて

 9月5日に、東葛飾宣教協力体の合同堅信式が行われました。
 そのときの説教です。

   第1朗読:使徒言行録8・14~17、福音朗読:ヨハネ14・15~17

 伝統的に、堅信の秘跡とは聖霊をいただく秘跡だと言われています。ではわたしたちは、堅信のときに初めて聖霊をいただくのでしょうか?そんなことはありません。洗礼のときにもうすでに神の子とする霊をいただきました。いや、それ以前に人間が生きていることそのものが神の霊・神の息吹によるのですから、生まれた瞬間からわたしたちは聖霊・神の息吹をいただいているのです。
 では堅信のときにいただく聖霊にはどういう特徴があるのでしょうか。それは「ミッション」ということと結ばれている聖霊なのです。「ミッション」というのは現代では「任務」という意味で使われていますが、もともとは「神から遣わされること」「派遣」「神から与えられる使命」を表す言葉でした。

 聖書の中でミッションと聖霊が結びついている箇所は多いのですが、特にペンテコステの日の出来事が有名です。日本語では「五旬祭」とか「50日祭」と訳されます。イエスが十字架で死に復活して50日目のことでした。その日イエスの弟子たちは神がイエスをとおしてなさった偉大なわざを人々に語り始めます。教会のミッションが始まった日です。そのとき、弟子たちの上に聖霊がくだったと伝えられています。最後までイエスについていくことのできなかった弱い弟子たちが、力強い使徒に変わるのです。その変化をもたらしたのが、神の力である聖霊でした。
 もう一つ大切なのは、イエスが活動を開始したときのことです。福音書のはじめのほうに出てきますが、イエスは活動のはじめにヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けました。そのとき、聖霊が鳩のようにイエスの上に舞い降りてきて、神からの声が聞こえました。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」という声です。イエスはこのとき初めて聖霊をいただいたのでしょうか。そんなことはありません。マリア様のお腹の中にいたときから、イエスは聖霊に満たされていました。ただ、いよいよ神からのミッションを生き始めるとき、ここで言えば「神の子、神のしもべ」としての活動を始めるときに、特別に聖霊に覆われたということなのです。
ヨルダン川。ペンテコステ。そこにつながるのが今日これから行う堅信の秘跡です。堅信を受ける人は、新しいミッションを生き始めるのです。そして、そのミッションを生きるために、聖霊という神の力をいただくのです。
 だから本当に「ミッション」ということを考えてください。

 今日堅信の秘跡を受ける人には幼児洗礼の人が多いかもしれません。皆さんは自分でキリスト教の信仰を選んだのではないでしょう。それでもなぜか、わたしたちはキリスト信者です。日本には100人に1人ぐらいしか、キリスト信者はいません。学校のクラスでも、働く職場でも、他にいないかもしれません。それぐらい少数派です。キリスト信者だということは、この社会の中ではふつうのことではありません。わたしだけみんなと違っていていやだな、と思ったこともあるかもしれません。でも、神様がわたしを遣わしているんだと思ってみてほしいんです。この学校に、この職場に、この地域社会に・・・なぜかキリスト信者として遣わされている。
 そこには何か意味があるんじゃないか。その意味を「ミッション」というのです。神から遣わされたわたしたちのミッションは何でしょうか?
 それは神の子どもとして生きることです。イエスはわたしたちに、神様がみんなのお父さんだということを教えてくださいました。キリスト信者とはそのイエスを信じる人のことです。神様をお父さんと信じることは、すべての人を兄弟姉妹として見ることです。強い人も弱い人も、成績のいい人も悪い人も、お金持ちも貧しい人も、健康な人も病気の人も、日本人も外国の人も、みんなが兄弟姉妹だと信じて、お互いに大切にすることです。これがわたしたちのミッションです。

 簡単なことでしょう。まあ普通はそんなに難しくないことだと思います。でもものすごい対立があったり、いじめがあったり、いろんなトラブルがあったりしたとき、難しいです。本当に難しいと思うことがあります。でも必ずわたしたちにできることがあるということを忘れないでください。
 淋しい思いをしている人に声をかけること(「おはよう」って一声かけてもらうだけでも人間は救われることがあります)。悩みを聴いてあげること。辛い思いをわかってあげること。病気の人をお見舞いすること。何にもできないように思えたとしても、それでも、そばにいるだけでもいい、その人のために祈ってあげるだけでもいい。何かできることがあります。
 イエスは神の子として、すべての人の兄弟として生きられました。わたしたちはそのイエスの後に従うものです。どうか聖霊がわたしたちを強め、イエスの弟子として歩むことができるように励ましてくださいますように。
心から祈りながら堅信式を行いましょう。


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コメント


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どうか励ましてくださいますように。

楽しみに拝読しています。
私をいじめた、と私が思っている人を、いまだに愛することはできません。
そこから始まるんだなとは思うんですけど。

またそこから自分の、相手と同じ嫌な部分も愛せるんだなと思うんですけれど。
合わせ鏡ですね。

励ましてくださいますように。

saecho | URL | 2010-09-11(Sat)23:13 [編集]


スッタニパータ

かつてアズマと名乗っていた男は僕自身の中で既に故人となっているので、HN元に戻しました。いっそ、戸籍も改名したいですねぇ。

それは置いといて、「犀の角のようにただ独り歩」む姿勢を持たぬ者が徒党を組むと何かにつけ集団の暴力を行使したがるので、僕はとても恐いです。
もはや、生きることは戦ですな。

森信成 | URL | 2010-09-15(Wed)12:44 [編集]


Re: どうか励ましてくださいますように。

> コメントありがとうございます。
>
> 難しいですね。つらいですね。
>
> 神様が一緒にいて、導いてくださいますように、祈ってます♪

幸田和生 | URL | 2010-09-17(Fri)08:55 [編集]


Re: スッタニパータ

いつもコメントありがとうございます。

なかなか返信できなくてすみません。
時間的にも、内容的にも、ちょっと難しくて・・・

でも読んでますよ。

幸田和生 | URL | 2010-09-17(Fri)08:58 [編集]