毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

年間第28主日のミサの説教

10月10日、志村教会でのミサ(C年年間第28主日 ルカ17・11-19)の説教原稿を載せておきます。

 わたしは立場上、いろいろな教会に行きますが、東京教区では教会によって、外国人が多いところ、ほとんどいないところの差が大きいです。地域によって違うという面もありますが、教会の雰囲気によっても違うようです。
 教会は、国籍や民族の違いを超えた神の民です。「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。・・・そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。」(ガラテヤ3・26,28)。このパウロの言葉は、キリスト教の大切な確信です。

 今日の福音には「外国人」という言葉が出てきます。元の意味は「他民族の人」というような言葉ですが、めずらしい。新約聖書の中でここだけに使われている言葉です。聖書にはよく「異邦人」「寄留者」という言葉が出てきますが、意味にそんなに違いはありません。
 イエスは外国人に対して、どういう見方をなさったのでしょうか? ちょっと冷たい面があったことは事実です。もちろん根本的には、すべての国、民族の人が同じように神の子であり、すべての人が例外なく兄弟姉妹であるというのがイエスの確信でしたし、だからこそ、生粋のユダヤ人ファリサイ派であったパウロさえも、あのように語ったのです。

 問題は、マタイ15章にあるカナンの女との出会いの物語です。マルコでは「シリア・フェニキアの女」とも呼ばれていますが、彼女は明らかに外国人でした。彼女が娘の病気をいやしてほしい、と願ったときに、イエスはこう答えました。「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」(マタイ15・24)。ショッキングですよね、拒絶の言葉です。ルカはこの話自体を省いています。マルコはもっとやわらかい表現になっています。だからこそ、マタイの伝える言葉には真実性があります。
 イエスは自分と同じユダヤ人に福音を告げることを優先したようです。神のことばを、旧約聖書の預言をいただいているユダヤ人こそ、真っ先に神の国の福音を受け入れるべき人だと考えていたようです。
 しかし、現実は違いました。「小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただく」と言って謙虚に救いを待ち望んだあのカナンの女性の信仰にイエスは感動します。「女性よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように」(マタイ15・28)。今日の箇所もそうですね。「この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか」(ルカ17・18)。この言葉には、イエスの驚きが感じられます。

 イエスには自分の考えがありました。「まず同胞であるユダヤ人がわたしの福音を聞いてくれるはずだ。だからそこから始める」という自分の宣教プランがあったのでしょう。だから最初は外国人には期待していなかったようです。しかし、目の前に出会った外国人は素晴らしいものを持っていました。ユダヤ人とサマリア人は特に反目しあっていましたが、そのサマリア人の中にイエスは素晴らしいものを見つけました。きょうの箇所では、一人の重い皮膚病の人が、唯一、神を賛美するために帰ってきました。のどが渇いたイエスに水を飲ませてくれたのは一人のサマリアの女性でした(ヨハネ4章)。そして、サマリア人は道端に倒れている旅人を助けるたとえ話の主人公になりました(ルカ10章)。抽象的に「すべての人が兄弟姉妹」というのではなく、目の前に具体的な外国人の中に、本当に素晴らしい信仰と愛を見つけていったイエスの姿はステキだとわたしは思います。

 わたしたちの教会にはいろいろな人がいます。日本人も外国人も、ダブルと言われる人たちも。財産や地位を豊富に持っている人、まあまあ持っている人、最低限のお金や住む家さえも持っていない人。男性と女性、さらに身体的な性別に違和感を抱いている人もいます。
 人は自分と違う人に対して、いろいろな考えや見方を持っています。当然のことでしょう。「みんな兄弟姉妹です。偏見を持たずに人を見ましょう」と言うのは簡単ですが、実際にはそれは難しいことです。
 でも忘れないように。イエスから見たら、どんな人も素晴らしいものを持っているのだということを。その素晴らしさを見過ごさないようにしたいのです。フィリピン人の中に素晴らしい信仰と愛があります。ラテンアメリカの人の中にも素晴らしい信仰と愛があります。そして日本人の中にも素晴らしい信仰と愛があります。表現やニュアンスが違うかもしれません。でも本当にお互いの中にある素晴らしい信仰と愛を見つけていけるように、尊重していけるように互いに祈り合いたいと思います。神様は必ずわたしたちをそうできるように導いてくださいます。アーメン。

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