毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

カトリック中央協議会新年のミサ

20160106

日本カトリック会館・中央協議会の新年のミサでの説教メモです。
(写真は会館ショーウィンドーのプレセピオです)

⚫︎中央協議会新年のミサ(一ヨハネ4・11-18/マルコ6・45-52)
                              2016年1月6日
ホミリア
 今日は1月6日です。本来の主の公現の祭日はこの1月6日です。日本では主日に移して祝われていますから、先日の日曜日にもう祝ってしまいました。わたしのいる東京教区ペトロの家では、高齢の神父さんたちの中で気にする人がいるので、飼い葉桶のイエス様をもうさっさと片付けてしまいました。
 主の公現はラテン語でEpiphania Dominiと言いますが、Epiphaneia(ギリシア語。輝き出ること=現れ)というテーマは、降誕節を貫く大切なテーマです。神の栄光の輝きの現れ。ひとり子イエスが神の子としての現れること。そのテーマが繰り返されてきました。主の公現の祭日はその一つの頂点として、救い主の誕生を星の導きで知った博士たちが、ベトレヘムで幼子イエスを見つける物語でした。しかし、降誕節全体が、「光が輝き、神の栄光が現れる」というテーマに包まれています。

 降誕節のミサの聖書朗読の特徴の一つは第一朗読で読まれるヨハネの第一の手紙ですが、冒頭にはこうあります。
 「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について ——この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。——」(一ヨハネ1・1-2)
 イエスのことですね。わたしたちはその方をはっきりと見た。その方に触れた。そしてこの方のうちに、神が命であり、光であり、愛であることをはっきり知るようになったのだ。その確信のもとにこの手紙は書かれています。
「神が愛である。だから互いに愛し合おう」これが使徒ヨハネの呼びかけです。いつくしみの特別聖年にあたってのフランシスコ教皇の呼びかけも同じです。「父である神がいつくしみ深いものであるように、わたしたちもいつくしみ深いものになろう。」
 この一年、わたしたちの教会の大きなテーマはこれに尽きます。一年の仕事始めにこのテーマをいただいきました。

 さて今日の聖書朗読には第一朗読にも、福音にも共通して「恐れ」という言葉が出てきました。皆さんは新しい一年を希望のうちに迎えたでしょうか。希望だけでなく、いろいろな心配や不安があるかもしれません。
 不安や恐れがあるのは当然でしょう。今年も無事に過ごせるだろうか?何か悪いことが起こるのではないか? さまざまな危機が、犯罪が、暴力が、テロがわたしたちの周りにはあるから恐れたり、不安を抱くのも当然かもしれません。今の時代は不安と恐れの時代とさえ言えます。
 これに対して現代人の考える答えは「セキュリティー」というものです。
 鍵をたくさんつける。警備を厳重にする。防衛力を整える。果てはやられる前にこちらから相手をやっつける。そうやってなんとか安全・安心を得ようとする。でもそれは本当の意味で不安と恐れに打ち勝つことはできません。

 聖書の示す方向はそれとは違います。
 第一朗読には「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します」とあります。
 その前に「愛がわたしたちの内に全うされているので、裁きの日に確信を持つ」と言いますから、本当に愛を持って生きていれば、最終的に神の前に出たとき、神によしとされる、ということが考えられているのでしょう。だからそのとき、神を恐れる必要がない、という意味でしょうか。それもあるかもしれません。しかし、それだけでなく、だから今、何も恐れることはない。どんな不安があろうと、どんな恐れがあろうと、それでも一番大切なこととして「愛すること」それを目指していける。それによって本当の意味で恐れに打ち勝つことができる。
 非現実的でしょうか?しかし、それが十字架のイエスの生き方です。
 信頼と愛によって恐れに打ち勝つ道。イエスはその道を示してくださいました。

 そのイエスが今もわたしたちに呼びかけています。
 「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」
 今日の福音の言葉、嵐のガリラヤ湖でのイエスの言葉です。
 「わたしだ」はギリシア語で「エゴー・エイミ」と言います。「わたしがある」とも訳されますが、ここでは「わたしがいる」と訳すこともできます・
 「安心しなさい。わたしがいる。恐れることはない」
 これがイエスの約束です。
 わたしたちの日々の活動が、仕事が、いろいろな不安や恐れ、自己防衛に基づく働きではなく、愛に基づく働きになりますように。そして、ここで働く皆さんの間に、キリストの愛と平和が浸透していきますように願って、今日のミサをささげます。



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