毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

1月1日 世界平和の日



 皆さん、あけましておめでとうございます。
 1月1日は降誕八日目、神の母聖マリアの祭日ですが、「世界平和の日」でもあります。
 豊四季教会(上の写真)でのミサの説教を載せておきます。

神の母聖マリア(ルカ2・16-21)

 ベトナム戦争が泥沼化しながら激しく続いていた1968年の年のはじめ、教皇パウロ6世は全世界の人々に平和を祈ることを呼び掛けました。それがこの世界平和の日の始まりです。
 それから40年以上たちました。今もイラクやアフガンで戦争やテロが続いています。イラクでは昨年テロによる一般市民の犠牲者が4000人だったそうです。イラク戦争開始後、もっとも少なかったということですが、それでも毎日平均10人以上の人がテロの犠牲になっているのです。アフリカのナイジェリアでは、クリスマスの日、キリスト教徒をねらったテロがあり、少なくとも38人が亡くなり、100人以上が死傷しました。このようなキリスト教徒への攻撃は昨年、アフリカやアジアでたくさん起こりました。プロテスタント、カトリック多くの信徒、牧師、司祭が殺されました。また、わたしたちの国の周囲でも、昨年は軍事的挑発や領土・領海をめぐる事件がありました。
 そういう中で、わたしたちは新しい年を迎えています。やはり平和を祈りたいと思います。

 昨年の12月初め、「司教のための社会問題研修会」が、沖縄で行われ、わたしも参加させていただきました。第二次世界大戦末期に、多くの民間人を巻き込んだ悲惨な沖縄戦の跡を見ました。そして、それから60年以上続く米軍基地の現実も少しですが見ました。そこは40何年か前、ベトナム戦争に向かった軍隊の基地でした。そして、湾岸戦争にも向かい、今もイラクやアフガンに向かう軍隊がそこにいます。「ここは世界中の戦争とつながっているんです。ここから飛び立つ戦闘機が一般市民や子供のいのちを奪っているんです」と沖縄の人が苦しそうに言いました。たくさんの子どもたちが今も戦争やテロの犠牲になっています。幼子イエスの命がヘロデ王によってねらわれ、ベツレヘムの幼子たちが殺されたように、今も、大勢の子どもたちの命が傷つけられ、奪われ続けています。これがわたしたちの現実です。東京とその近郊に住んでいるわたしたちはあまり実感できないような現実が沖縄にはありました。
 
 わたしは日本の教会には時別な使命があると思います。1つはどんな時も平和のために働くこと。もう1つは人種や国籍を超えてすべての人が兄弟姉妹であることを証しすること。日本の景気が悪い状態が続き、社会に閉そく感が強くなると、戦争や民族主義をあおる動きが強くなってくるのではないかという心配があります。その時に、わたしたち日本の教会は自分たちの生き方を問われると思います。

 去年の1月にわたしは長崎に行き、「被爆マリア像」を見せていただきました。去年、高見大司教がバチカンやニューヨークの国連本部に携えていき、ニュースでも報じられた、あのマリア像です。もともと浦上天主堂の祭壇にあったマリア像が、原爆にあいながら、奇跡的にその顔の部分が焼け残ったものです。両方の眼は失われ、頬も焼け焦げています。小さなものです。今は浦上の大聖堂の脇の聖堂に置かれています。
 このマリア様は、原爆と戦争の犠牲となったすべての人の象徴だとわたしは感じています。聖母マリアは戦争で苦しむすべての人とともにいて、殺されていくすべての人の中にいて、今も平和を祈り続けていると感じさせてくれいます。この教会は「平和の元后聖マリア」の名前をいただいていますね。どうかマリアさまとともに平和のために祈ってください。
 
 わたしたち日本と日本の教会にはもちろん、戦争の加害者としての面もあります。でも同時に長崎・浦上を中心にして本当にものすごい被害者の面を持っています。このことを忘れてはいけないのではないでしょうか。わたしは去年、長崎に、8月6日の広島に、沖縄に行くチャンスがありました。そこで本当に戦争の犠牲となった多くの人々のことを思い起こしました。そしてだからこそ、本当に日本から、日本の教会から、平和のために祈り、平和を訴え続けたいと思っています。どうか皆さんもこのミサをはじめ、一年をとおして、平和のためのお祈りください。


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