毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

年間第6主日のミサ



東京から来たお客さんを案内して、南相馬市小高区と浪江町へ。
浪江町の仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」では偶然イベントをやっていて、
来場者にもれなく「クーラーレジバッグ」が配られていました。
イベント開催中ということでふだんは土日が休みのお店も営業していて、
なみえ焼きそばをいただくこともできました。ラッキー。

原発事故後、全町民が避難していた浪江町の一部で
今年の3月31日に避難指示が解除される予定です。
でも、課題・問題は山積しています。厳しい現実があります。

●年間第6主日
 聖書箇所:シラ15・15-20/一コリント2・6-10/マタイ5・17-37
                        2017.2.12原町教会
 ホミリア
 今日はとても長い福音でしたが、これを読みながら先週列福された高山右近の結婚生活のことを思いました。高山右近は一人の奥さんしか持っていませんでした。わたしはこれを別にめずらしいことではないと思っていましたが、当時の大名は正室以外の側室を持つことが普通だったそうです。何のためかというと、跡取りを確実に作り、家名を存続させるためでした。また当時は離縁も簡単でしたし、それこそ政略結婚も多々ありました。そういう時代に、最後に日本を追放されてフィリピンのマニラで死を迎えるまでずっと一人の妻、高山ジュスタと歩みを共にしたというのはとても右近らしいと思います。
 当時の女性はある意味で、子どもを産むための道具のように見られていたのです。実は身分が高い人であればあるほどそうでした。その中でキリスト教は一夫一婦制を教えました。子どもを作る道具として女性を見るのではなく、かけがえのない一人の人間として見る。それは当時の女性たちにとって、大きな福音だったことでしょう。

 イエスの時代でもそうです。今日の福音には「離縁」の話が出てきます。「妻を離縁する者は、離縁状を渡せ」という律法がありました(申命記24・1)。これは本来、もっと長い文章で、男性が妻を勝手に追い出してはいけない、離縁するにはこういう条件が必要だという律法で、男性の妻に対する身勝手な離縁について一定の制約を設けるための規定でした。しかし、イエスの時代の男性たちは「離縁状さえ書けば妻を自由に離縁することができる」と考えるようになっていきした。妻を自分にとって都合がよければ家に置いておき、都合が悪くなれば追い出してもいいものと見る、そんな自分の都合や利用価値でしか女性を見ない、そういう考えにイエスは断固として反対しました。今日の箇所だけ読むとイエスの言葉はただ単に離婚を禁じているように思えるかもしれませんが、マルコ10章のもっと長い対話形式の物語を見ると、イエスが問いかけているのは、ただ離婚しなければいい、というようなことではありません。結婚とは、相手を自分にとって都合がいいか悪いかではなく、本当に神から与えられたかけがえのないパートナーとして大切にし続けることではないか、これがイエスの問いかけていることです。

 今日の箇所には女性についてのもう一つの言葉があります。「みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである」。実は「他人の」という言葉は原文にはなくて、「妻」と訳された言葉は、普通なら「女性」と訳す言葉です。これを「他人の妻」と訳すのは一つの解釈です。「姦淫してはならない」の「姦淫」というのは男性が他の男性の妻と性的関係を結ぶこと、女性にとっては自分の夫以外の男性と関係を結ぶことでした。「姦淫」である以上、対象は女性一般ではなく、「他人の妻」であるはずだ、ということになるわけです。この解釈と翻訳の背景には、イエスは人間の性的欲望そのものを否定しているはずがないから、ここで言うのは女性一般ではなく、「他人の妻」をどう見るかというだけの問題なのだ、という考えがあります。別な言葉で言えば、「他人の妻でなければどんなふうに女性を見てもいい」という解釈になるわけです。でもイエスの言葉はほんとうにそういう意味でしょうか。確かにイエスは性的欲望そのものを否定しているのではないでしょう。でも男性が女性を性的欲望の対象としてしか見ないということに反対しているのではないでしょうか。すべての女性はあなたと同じ神の子であり、かけがえのないあなたの姉妹なのだ。本当に一人の人間として尊厳を持ったものとして女性を見るべき、それがイエスの言おうとしたことではないでしょうか。

 キリシタン時代の女性たちにその福音はほんとうに伝わったのではないかと思います。有名なキリシタン女性がいます。細川ガラシャ、おたあジュリア、彼女たちは強くキリスト教に惹かれました。殉教者として列福された女性の福者はとてもたくさんいます。列聖されているのは長崎のマグダレナと大村のマリナの二人、どちらも「聖トマス西と15殉教者」のグループの中に数えられています。この女性たちはキリスト教のもたらした福音、女性も男性とまったく同じように神の子どもであり、かけがえのない尊厳を持っているという福音を深く受け取っていたのではないでしょうか。死に至るまで信仰を生きた女性の殉教者たちは、子どもを産む道具であることや、男の単なる欲望の対象となることを拒否し、一人の人間として生きることを貫いたと言えるのかもしれません。

 わたしたちはキリシタン時代の殉教者の信仰に驚かされます。どんな苦しみの中でも信仰を捨てない、その信仰の強さに圧倒されます。そして自分にはとても無理だ、と思うのです。でも問題は、本当に福音に出会っているかどうかではないでしょうか。「神はわたしたちすべての者を、例外なく、差別なく、同じようにご自分の子としてくださっている。キリストはこのわたしを愛して、このわたしのために十字架にかかってくださった。」その福音を深く受け取ったからこそ、キリシタン時代の殉教者は信仰に命をかけたのです。
 豊臣秀吉が朝鮮半島に送った軍隊によって連れてこられた韓国人の中からキリシタンになった人がいました。その中の一人でカイヨという名の人が知られています。金沢で高山右近に出会い、そこから長崎へ、そしてフィリピンに至るまで高山右近に従いました。彼はその後、再び日本に戻って捕らえられ、殉教しました。福者として列福されています。キリスト教はどんな民族の人も差別しない。どんな人をも人として尊重する。この福音を彼らは本当に深く受け取っていたのでしょう。
 わたしたちも今日、同じ福音を深く受け取り、その福音に生きるものとなりますように。アーメン。



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