毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

受難の主日(枝の主日)のミサ



田中正造が晩年、日記に書き記した言葉。

“真の文明は 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし”。

今、福島にいて、この言葉が心にしみます。


●受難の主日
 聖書箇所:イザヤ50・4-7/フィリピ2・6-11/マタイ27・11-54
             2017/4/9カトリック原町教会
 ホミリア
 マタイの受難物語を読んで、田中正造という人を思い出しました。
 明治時代に始まる足尾鉱毒事件というのがありました。日本の公害問題の原点と言われる栃木県足尾銅山の公害事件です。明治時代、足尾銅山の精錬所から出るガスが付近の山々を枯らし、汚染水が渡良瀬川の下流に大きな被害をもたらしました。日本の近代化のために銅山は重要な産業で、国は公害対策よりも産業振興を優先していました。銅山を経営する古川鉱業に対して、抜本的な対策を求めることがありませんでした。
 これに立ち向かったのが田中正造でした。栃木県佐野市の出身で、1890 年から6期11年にわたって衆議院議員を務めました。彼は再三、国会で鉱毒の被害を訴え続けました。しかし彼の訴えはほとんど無視されました。被害を受けていた農民たちは陳情のため何度も東京に向けて出かけましたが、1900年、その途中で警官隊と衝突し、多くの逮捕者が出ました。これを川俣事件と言います。その後、田中正造は鉱毒問題については天皇に直訴するしかないと考え、1901年に衆議院議員を自ら辞し、日比谷で天皇の乗った馬車に駆け寄り、直訴を試みます。直訴は失敗しましたが、この出来事は大きく報道され、人々が鉱毒事件に関心を持つようになりました。正造は川俣裁判の裁判を傍聴中、あくびをしたとされ、この態度が法廷を侮辱した罪に問われ、1902年に重禁錮40日の刑を受けました。このときに獄中で聖書に出会ったそうです。彼はキリスト教の洗礼は受けませんでしたが、その後ずっと聖書を熱心に読み続けました。

 その後、鉱毒を貯める巨大な貯水池が作られることになりました。現在もある渡良瀬遊水池です。鉱毒の元である銅山はそのままにして、被害を減らそうというのです。鉱毒をその池に沈殿させるため、というのが池を作る理由でしたが、田中正造たちが住んで鉱毒反対運動の拠点になっていた群馬県下都賀郡谷中村を潰すためでもありました。谷中村は池の中に沈むため強制廃村となり、住民に立ち退きが命じられました。田中正造は1907年の家の強制破壊の日まで谷中村に住んで抵抗を続けました。その後も抵抗を続けましたが、次第にこれまでの支援者たちも田中正造を離れ去っていったそうです。
 田中正造の最期は支援者の家を訪問する旅の途中、病で倒れ、しばらくして息を引き取ったというものでした。1913年9月4日、71年間の生涯でした。鉱毒反対運動に私財をすべて投じ、最後は無一物になったと言われています。苦しむ人々、見捨てられた人々のためにすべてをささげた生涯でした。

 彼が最後に持っていたものは布製の袋たった1つでした。中には書きかけの原稿と新約聖書、鼻紙、川海苔、小石3個、日記3冊、帝国憲法とマタイ福音書を一つに綴じた小さな本だけがあり、これが全財産でした。
 その日記の最後のページに書かれていたのは、「何とて我を」という言葉です。この言葉が何を意味するか諸説あるようですが、わたしは何年か前、田中正造の遺品を展示してある佐野市郷土博物館でその言葉を知り、すぐにこれは十字架のイエスの言葉だと気づきました。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」文語では「何とて我を見捨て給ひしや」ということになります。
 田中正造の生前、どんなに訴えても古川鉱業は加害責任を認めませんでした。国もそうでした。それを認めたのはなんと1974年のこと、田中正造が世を去って60年以上経った後のことでした。田中正造は無念のうちに世を去りました。「何とて我を」この言葉は田中正造の無念さをよく表しています。しかし、正造はただ無念さを感じてこう書いたのではないとわたしは思います。彼は自分自身の思いをあの十字架のイエスの思いと重ね合わせていたのでしょう。イエスもまた自分と同じように、神からも人からも見放される苦しみの中で死んでいった。自分の苦しみはあのイエスの苦しみにつながっている、と正造は信じていたと思います。

 イエスご自身はどうだったでしょうか。確かにイエスは弟子たちから裏切られ、群衆から見放され、最後は神にも見捨てられたようになって十字架で死を遂げました。その中で、イエスはあの「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉を発せられました。ただイエスは(そして田中正造もおそらく)、これが詩編22の冒頭の言葉であることをよく知っていました。
 第22編はどうしようもない苦しみの中からの叫びです。
 「2わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず/呻きも言葉も聞いてくださらないのか。」
 「7わたしは虫けら、とても人とはいえない。人間の屑、民の恥。8わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い/唇を突き出し、頭を振る。9『主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら/助けてくださるだろう。』」
 「17犬どもがわたしを取り囲み/さいなむ者が群がってわたしを囲み/獅子のようにわたしの手足を砕く。18骨が数えられる程になったわたしのからだを/彼らはさらしものにして眺め19わたしの着物を分け/衣を取ろうとしてくじを引く。」
 イエスは、「わが神、わが神」というこの詩編を唱えることによって、過去から未来へと何世代にもわたる人々。理不尽な苦しみを受け、苦しんでいるすべての人々の群れの一員となったのです。十字架のイエスはいつも苦しむ人とともにいてくださる方です。

 もう一つ大切なことがあります。詩編22の苦しみの中からの叫びは次第に神への賛美に変わっていくのです。なぜなら、詩編作者はこう確信しているからです。
 「25主は貧しい人の苦しみを/決して侮らず、さげすまれません。御顔を隠すことなく/助けを求める叫びを聞いてくださいます。」
 神は必ずこの叫びを聞いてくださる。人に捨てられようと、周囲から蔑まれようと、どんなに痛めつけられようと、すべてのものを奪われようとも、神は必ずこのわたしの叫びを聞いてくださる。ここにわたしたちの希望があります。
 わたしたち自身、どうにもならない苦しみを体験することがあります。その自分自身の苦しみの中で、共にいてくださる十字架のイエスを見つめましょう。そして、わたしたちの叫びを必ず聞いてくださる神に信頼を置いて、イエスと共に歩んでいきましょう。



PageTop