毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

年間第16主日のミサ





 日曜日の午前中はいつもどおり原町教会のミサ。午後は初めて宮城県・大河原教会でミサを司式しました。築100年を超える聖堂はなかなかステキな雰囲気でした。
 ところで、来週は相馬野馬追という相馬地方最大の年中行事にあたり、教会周辺でも交通規制が行われるため、原町教会の7月30日(日)のミサは早朝7時のみとなります。ご注意ください。

●年間第16主日
 聖書箇所:知恵の書12・13, 16-19/ローマ8・26-27/マタイ13・24-43
             2017.7.26原町教会&大河原教会
 ホミリア
 先日、カリタス南相馬にパン焼き器が来ました。いわゆる「ホームベーカリー」です。小麦粉などとイースト菌をセットして、スイッチを入れると、何時間か後に食パンができる。それだけのはずですが、なぜか最初は失敗でした。粉とイースト菌が混ざっていなかった。二回、三回とやっているうちにうまくパンができるようになりました。とにかく、できあがるまで、結果が出るまで、時間がかかりますね。パン焼きはわたしも経験があります。わたしの場合は手作業でしたから、一次発酵、二次発酵とあって、その間にはベンチタイムというのまである。とにかく待つ時間がたくさんあるのがパン焼きです。
 農業もそうです。今日、種を蒔いても、しがらくして芽が出て、成長して、花が咲き、作物がとれるまでにそうとうな時間がかかる。結果が出るまでに時間がかかるのです。

 今日の福音のたとえ話を読みながら、イエスがおっしゃりたいことは、その時間の大切さではないかと感じました。
 毒麦か良い麦か、ほんとうにわかるには時間がかかるのです。
 からし種が大きく成長し、空の鳥が巣を作れるほどになるには時間がかかる。
 パン種でパンの生地全体が膨らむには時間がかかる。
 その時間が大切。

 当たり前のことですね。でも人間はそれを待つことが難しいのです。特に現代人はその傾向が強いと感じます。すぐに結果が見たい。何でも人間の計算通り進めなければならない。効率を、時間短縮を求める。時間がかかることはよくないこと。そうでないと、経費がかさむし、競争に勝てない。儲けが少なくなる。そうやってとにかく目に見える結果を求める。目先の損得に振り回される。政治や経済に期待することもそう。ほんとうにそれが大切なことでしょうか。
 一番怖いのは、あまりにも時間に追われて人を切り捨てて行くこと。これは毒麦だから、さっと抜いてしまった方がいい。これは毒麦だから、そんなものは無駄だから、それは無視して先に行こう。

 神の国はそうではないのです。人間が計画して、この事業を拡大して行くとか、信者の数を増やして行くとか、そんなことじゃない。罪人をみんな追放すれば、立派な聖なる教会ができる、そんなことでもない。神の国は人間の力で、人間の計算通り実現するものではないのです。成長させてくださる神に信頼して、今、できることを精一杯やっていく。本当に目の前の一人一人を大切にして行くこと、そこに神の国がある。イエスの福音はその世界をわたしたちに示してくれています。結果はなかなか見えません。わたしたちの世代に結果は出ないかもしれない。それでも今できる一番いいことをしていく。そこには未来を見通す目が必要です。人間の計算を超えた神の計画を見る目が必要なのです。

 フランシスコ教皇の本の中に「時は空間にまさる」という言葉が出てきます。2013年、教皇になった年に、使徒的勧告『福音の喜び』という長文の文書が発表されました。その中で平和を実現するための4つの原理というのがあって、最初におっしゃるのがこの「時は空間にまさる」という原理です。
 わたしは2015年、戦後70年の司教団メッセージの草案を書く役目をおおせつかって、その草案にこの言葉を入れました。でも司教団の皆さんからも「これは難しい。何のことか普通の人にはわからない」と言われて却下になりました。
 分かりにくいでしょうか。教皇はこの原理について、こういうことを言っています。
 「この原理は、早急に結果を出さず、長期的な取り組みを可能にします。…空間を優先することは、現時点ですべてを解決しようとする、あるいは、権力と自己主張が及ぶ空間すべてを我が物にしようとする愚かな行動へと人を導きます。…時を優先させることは、空間的支配よりも、行為の着手に従事させるものです。」(『福音の喜び』223)
 今、この世界にはたくさんの問題があります。悲惨な現実があります。それを空間的に見て、空間的に解決しようとする。たとえば、あそこにISの拠点がある。あそこを空爆してつぶせば問題は解決する。これが空間を優先するということ。そうではなく、時を優先させるというのは「行為に着手する」ことだと教皇は言うのです。平和と相互理解を育てるために、この世界にある極端な経済格差を減らしていくために、今できることを積み重ねて行くこと。そんなイメージでしょうか。戦後70年メッセージ『平和を実現する人は幸い』の中では次のような表現に落ち着きました。
 「わたしたちにできることは、すべての問題を一気に解決しようとせずに、忍耐をもって平和と相互理解のための地道な努力を積み重ねることです。」
 ちなみに教皇はこの「時は空間にまさる」という原理について語る中で、今日の毒麦のたとえのことに触れています。

 時間をかけるということの大切さ。時を待つということの大切さ。神の国を成長させ、完成に導いてくださる神に信頼し、その中で、本当に出会う一人一人を大切して、そこに神の国の小さな芽生えを見て行くことができますように。心から祈りたいと思います。


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