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毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

元旦のミサ(神の母聖マリアの祭日)



あけましておめでとうございます。
写真は南相馬市北泉海岸の初日の出です。
ミサの説教で触れている2枚の写真は、幼い子どもたちが出席していたので、実際にはお見せしませんでした。
ここにも貼りません。どちらも有名な写真なので、画像検索すれば、すぐに出てくるはずです。

●神の母聖マリア(世界平和の日)
 聖書箇所:民数記6・22-27/ガラテヤ4・4-7/ルカ2・16-21
      カトリック原町教会にて
 ホミリア
 お正月ですが、教会の暦では降誕八日目、神の母聖マリアの祭日を祝います。
 そしてもう一つ、カトリック教会で大切なのは、1月1日が、「世界平和の日」だということ。1月1日を世界平和の日と定めたのは、パウロ6世教皇でした。1967年のことで、今年で51回目になります。50年前はベトナム戦争が激しさを増していたときでした。そのときにパウロ6世教皇は、平和のために祈るよう、全世界のカトリック信者、全世界の人々に呼びかけました。

 ベトナム戦争のことを思い出している中で、どうしても一枚の写真が思い浮かんで脳裏から消えませんでした。たぶん誰もが一度は目にしたことのある写真だと思います。その写真が撮られたのは、1972年のことでした。ベトナム南部のチャンバンという村に、南ベトナム政府軍がナパーム弾を投下しました。火傷を負いながら裸で逃げてくる少女の写真です。ベトナム人の報道カメラマンが撮影し、翌年のピューリッツァー賞を得ました。世界中にベトナム戦争の悲惨さ、そして南ベトナム政府軍やアメリカ軍の軍事行動の非道さを印象づけました。「子どもがこんな目にあっていいはずがない」誰もがそう感じ、ベトナム反戦への意識を世界中に広めた写真です。ちなみにベトナム戦争は1975年のサイゴン陥落で終わりました。
 この少女はキム・フックという名前で、当時9歳でした。ひどい火傷を負いましたが、一命をとりとめ、17回に及ぶ手術を受け、無事に成人しました。そして、世界各地の戦争や紛争で苦しむ子どもたちを救済する活動を続けているそうです。

 正月からこんな話で申し訳ありません。
 でも今も世界各地で子どもたちが戦争の犠牲になっています。ほんとうにひどいことです。
 カトリック教会にはかつて「正戦論」というものがありました。『いのちへのまなざし 増補新版』の最後のところに出てきますが、そこではこう説明されています。「正戦論では、戦争は目的においても手段においても正当でなければならず、平和の回復が目的でなければなりません。手段に関しては、必要以上の武力を使うこと、虐殺、火を放つことなどは認められません」 ぎりぎりのところで戦争もやむを得ない場合がある、という考えです。しかし、現代の教会はあらゆる戦争に反対するようになりました。ヨハネ23世教皇の『地上の平和』という回勅の中にこういう言葉があります。「原子力の時代において、戦争が侵害された権利回復の手段になるとはまったく考えられません」広島・長崎のあの原爆を経験した人類にとって、もはや「正しい戦争」などないということです。軍隊と軍隊が戦う、国と国とが戦うのが戦争の古典的なイメージです。でも現代の戦争は、そうではなく、ピカソの描いたゲルニカの空爆以降、大人も子どもも含め数知れない市民が犠牲になるものであることが、明らかになりました。言ってしまえば、教会の教えが変わったのではなく、戦争の現実が変わってしまったのです。ヨハネ・パウロ2世教皇はじめ、フランシスコ教皇にいたるまで、現代の教皇たちはもはや「正しい戦争」を語ることはありません。あらゆる戦争に反対しています。
 あのベトナム戦争の少女の写真もまさにこの現代の戦争の悲惨さを訴えていました。

 クリスマスから一週間目にこんな話で申し訳ありません。
 降誕八日目。わたしたちは幼子イエスを見つめています。本当に貧しく、小さく、無力な幼子としてイエスは世に来られました。この小さないのちを守りたい。だれにもこのいのちを侵させてはならない。しかし、この幼子イエスのいのちもヘロデ王によって狙われました。そのためにヨセフは今で言えば難民となって、マリアと幼子イエスを連れてエジプトに逃げることになりました。「この小さないのちをなんとか守りたい」、それがヨセフとマリアの必死の思いでした。それがわたしたちの平和を願う祈りの原点にある思いでもあります。
 その思いで、今日、平和のために祈りましょう。この新しい年、一人でも多くの子どもたちが戦争やテロの恐怖から解放され、飢餓や貧困から解放され、平和のうちに生き、成長することができますように。

 教皇は毎年、世界平和の日に合わせて、メッセージを出します。今年のフランシスコ教皇のメッセージの題名は「移住者と難民、それは平和を探し求める人々」というものです。教皇は移住者と難民について繰り返し語ってきましたが、改めてこのメッセージでもこの問題を取り上げています。
 最後にもう一枚の写真を見せたいと思います。これも有名な写真です。
 3歳のアラン君。シリアのクルド人難民の子ども。家族でシリアからトルコに移り、トルコから脱出しようとした2015年、粗末な船が転覆し、溺れて亡くなり、トルコの海岸に打ち上げられました。世界中の多くの人の心を揺さぶった写真です。
 「こんな小さな子どもに、こんなことがあってはならない」
 その思いで、全世界の子どもたちのために平和を祈りましょう。
 聖マリア、聖ヨセフとともにこの祈りを神にささげましょう。


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