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毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

年間第二主日のミサ



毎晩、夕食の後、教会の聖堂で祈りのひとときを持っています。
日曜日の夜、ふつうの教会なら誰もいなくなるような時間ですが、
ここでは聖体のイエスの前に集まる兄弟姉妹がいます。
感謝です。

●年間第2主日
 聖書箇所:サムエル上3・3b-10, 19/一コリント6・13c-15a, 17-20/ヨハネ1・35-42
     カトリック原町教会にて
 ホミリア
 年間第二主日には毎年、ヨハネ福音書の中で、イエスの活動が始まるころの出来事が読まれます。今年は、最初の弟子たちがイエスに出会う場面です。ここにヨハネ福音書の中でのイエスの第一声があります。
 「何を求めているのか」
 イエスは「これをしなさい」「これはしてはいけない」という前に、その人の願いを聞いてくださる。とてもすばらしいこと、ありがたいことだと思います。わたしたちにもイエスはそう問いかけています。
 「何を求めているのか」
 わたしたちはなんと答えるでしょうか?お金が欲しい、健康がほしい、家族みんなの幸せがほしい。皆が仲良くあってほしい。世界が平和であってほしい。まあいろいろありますね。

 今日の福音で、イエスの質問に対する二人の答えは「ラビ、どこに泊まっておられるのですか」というものでした。「何を求めているのか」と質問されて、質問で答えているわけで、対話になっていないという感じもします。でもこの答えには意味があります。彼らの本当の願いを表しているとも受け取れます。それは「あなたのいるところに、わたしたちも行ってみたい。あなたとともに時を過ごし、あなたの話をもっと聞きたい。あなたのことをもっとよく知りたい」ということでしょう。それは本当に彼らの願いだったのではないでしょうか。そしてイエスは「来なさい、そうすれば分かる」と答えられるのです。彼らの願いに答えてくださったと言えるでしょう。そして、イエスのもとに泊まり、時を過ごした二人のうちの一人アンデレは、兄弟シモンに向かって、「わたしたちはメシアに出会った」と証言していくようになるのです。
 わたしたちにとっても、この弟子たちの願いはとても大切なことのように思います。わたしたちは、やはりイエスをもっとよく知りたい。そう思って、聖書を読みますし、こうしてミサに来ています。これはわたしたちの深いところにある願いでもあると言ってもいいでしょう。その願いをイエスは受け取ってくださいます。

 もちろんそれ以外にも、人にはそれぞれ、願いがあります。マルコ福音書の10章には、イエスがよく似た質問をしている箇所があります。
 「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが」と言った弟子のヤコブとヨハネに対して、イエスは「何をしてほしいのか」と問いかけました。ヤコブとヨハネはすぐに「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」と答えました。彼らの願いは、自分たちに高い地位を与えてくださいという願いでした。初めからそう願うつもりだったのですからすぐにそう答えるのです。しかし、イエスは「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない」とおっしゃいます。そして、それが本当に願うべきことではないのだということを話されます。イエスは本当に求めるべきことがなんであるかを明らかにされます。それは「仕えられるためではなく、仕えるために来られたイエスにならい、皆に仕える者になること」。ヤコブは使徒たちの中の最初の殉教者になりました。ヨハネは伝承によれば長生きして、多くの弟子にイエスの愛を伝えました。マルコ10章で願ったこととはぜんぜん違う道かもしれません。表面的には彼らの願いは聞き入れられませんでした。でも長い年月かけて、「仕える者となる」ということが彼らの本当の願いになっていったのでしょう。それは彼らがイエスをもっと深く知るようになっていくからです。だとすると今日の二人の弟子の体験と似ていると言えるかもしれません。

 マルコ10章では、この話の後、イエスはエリコの町で、バルティマイという目の見えない人と出会いました。彼に対してもイエスは「何をしてほしいのか」と問いかけます。バルティマイは「先生、目が見えるようになりたいのです」と答えました。これも自分のための願いです。でもヤコブやヨハネが高い地位を願ったのとは何かが根本的に違います。それは「わたしを救ってください」という彼の心の底からの叫びのような願いでした。イエスはそれを受け取ります。バルティマイは目が見えるようになって、まずイエスを見たはずです。そしてイエスを知り、イエスに従って歩むようになっていきます。そう考えると、今日のヨハネ福音書の弟子たちの体験とよく似ているかもしれません。何かの願いがかなうという以上に、イエスは「よく見なさい。わたしはここに、あなたとともにいる。あなたもわたしのもとにずっと居続けなさい」そう呼びかけているとも言えるでしょう。
 
 今日も、イエスはわたしたちに「何を求めているのか、何をしてほしいのか」と問いかけています。そこからイエスとの関わりが始まります。
 「何を求めているのか」
 この問いかけに、今日、精一杯答えていきたいと思います。


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