毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

復活節第6主日



東京から来た10人のお客さまと一緒に、鮫川村の知足庵に泊まり、浜通りの姿を見ていただきました。
知足庵の金澤さん、楢葉のシスター藤原、希望の牧場の吉沢さんなどのお話を聞くことができ、
盛りだくさんの現地案内となりました。
そして日曜日はもちろん原町教会のミサです!
(写真は知足庵のハナカイドウと日本の青空!)

●復活節第6主日・世界広報の日
聖書箇所:使徒言行録10・25-26, 34-35, 44-48/一ヨハネ4・7-10/ヨハネ15・9-17
     2018/5/6カトリック原町教会
ホミリア
 「『互いに愛し合いなさい』って本当にいい言葉ですね」
 とある高齢の紳士はおっしゃいました。紳士と呼ぶにふさわしい、長身で白髪、話し方は落ち着いていて、身のこなしも洗練された方でした。教会の聖書講座に通うようになって、とうとう洗礼を受けることになり、ゆっくり時間をとってその方とお話をしました。洗礼名をどうするかという話になって、彼は洗礼名をヨハネにしたいと言いました。
 「ヨハネの福音書の中にある、『互いに愛し合いなさい』という言葉が本当にいい言葉だと感じるからです。」
 この方との出会いは、ずいぶん昔のことですが、強く印象に残っています。

 この方は、ある大手精密機械メーカーでずっと働いてきた方でした。奥さんとの間に一人娘がいらっしゃいましたが、その娘は若い時に修道院に入り、シスターになりました。奥様も洗礼を受けました。その後、そのシスターは心の病気になり、年老いた両親のいる家に戻ってきていました。妻もまたずっと体調を悪くしていました。3人で教会のミサに通って来ることもなかなかたいへんのようでした。奥さんと娘の具合の悪い時も、彼は毎週一人で教会に通っていました。わたしはそのご家族の事情を聞いていたので、どうしてこの男性は教会に来るのだろうと不思議に思いました。キリスト教との出会いは彼の家族に幸せをもたらした、とは決して言えないと感じたからです。むしろひどいことばかり、キリスト教を憎んでも当然なのではないか、と思いました。でも彼はずっと教会に通ってきて、とうとう洗礼を受けたいと申し出られました。
 そのときにその方のおっしゃった言葉が最初に紹介した「互いに愛し合いなさい」という箇所についての言葉です。その方は人生の最後に、妻と娘のために自分にできる一番良いことは何かを考えて、その結論が洗礼を受けることであり、それが彼にとって「互いに愛し合うこと」なのだと強く感じさせられました。
 家族のことですから、長い年月の間にお互いの関係の中でどんなことがあったか、わたしはすべてを知っているわけではありません。しかし、3人の姿を見ていて、今、なんとか互いを大切にして生きたいと願っていることを強く感じました。その方の洗礼式はこのご家族にとって、最高の幸せをもたらすものとなりました。

 家族でも親しい人の間でも同じでしょう。
 「この人のためにわたしにできることは何か。」
 そう考えたいと思う相手がいてくれることはどんなに素晴らしいことでしょうか。
 そう自分に対して思ってくれる人がいることはどんなに素晴らしいことでしょうか。

 先日、『ブランカとギター弾き』という映画を見ました。今年の日本カトリック映画賞の受賞作で、わたしは今週末に東京で行われる授賞式であいさつをしなければならないので、どうしても見ておかなければならなかったのです。長谷井宏紀という日本人の監督がとったイタリア映画ですが、舞台はフィリピンでした。親に捨てられたブランカという少女は、スリや泥棒をして誰にも頼らずたくましく生きていました。その少女が盲目のギター弾きの老人と出会うという物語です。彼は街角でギターを弾いていますが、目が見えないので、それこそ貧しい子どもたちにお金を取られたりしていいました。でもその子どもたちのことをゆるすのです。そんなブランカとギター弾きの間に心の交流が生まれます。自分が生き延びるために自分の力で必死でやってきたブランカは、その自分のことを親身に考えてくれる一人の老人と出会い、自分も彼のために何ができるかを真剣に考えるようになります。そうすると人生が変わって来るのですね。すてきな映画でした。
 
 「互いに愛し合いなさい」これが今日、いただいたイエスの言葉です。
 幸せの鍵はここにあります。
 何を持っているか、何ができるか、どれだけ健康で、どれだけ自分の思いどおりの人生を送れるか、そんなことではなく、「この人のために自分のできる一番いいことをしたい」と思うこと、「この人は自分のために一番良いことをしてくれようとしている」と感じること、それが最高の幸せです。
 この幸せの道をイエスはわたしたちに示してくださいました。

 「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。」
 イエスがわたしたちのために一番よいことをしてくださった。そのことをわたしたちは聖書をとおして、日々の生活の振り返りの中で、そして毎回のミサの中で味わいます。イエスがわたしたちのために、できうる最良のことをしてくださった、そう信じるから、わたしたちはお互いのために、本当に何ができるかを考え続けるのです。

 今日、わたしたちはこの「互いに愛し合う」という大きなテーマを新たな思いでいただきたいと思います。「互いに愛し合えない」という痛みをいやというほど感じることもあります。でも「互いに愛し合う」ことの大切さ、素晴らしさを今日、感じたいのです。どんな困難があったとしても、それでも「互いに愛し合う」世界にわたしたちを招いてくださっている神に・キリストに感謝して、日々を生きることができますよう、心を合わせて祈りましょう。

 

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