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毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

待降節第2主日



カトリック原町教会の玄関。脇の柱と板がボロボロになっていたのを、ボランティアのSさんがきれいに直してくださいました。ありがとうございます。
柱にある電話番号は現在使われていませんが、建物の古さを示すモニュメントとして、はずさずにいてくださったようです。

8,9の土日は福島市にある松木町教会と野田町教会合同の待降節黙想会でした。初雪が降る中、おおぜいの方々が参加してくださいました。
以下は、その中でのミサの説教メモです。

●待降節第2主日
 聖書箇所:バルク5・1-9/フィリピ1・4-6, 8-11/ルカ3・1-6
           2018.12.9松木町教会
 ホミリア
 昨夜、原町から車で、雪のちらつく飯舘村をとおって福島市に来ました。修道院でご馳走をいただいてから、この教会に来ました。何度も来ている修道院と教会なのに、そしてこんなに近いのに、夜だったので道に迷ってしまいました。「なんでこんなに一方通行が多いんだ」とぶつぶつ独り言を言いながら、まあ何とか教会にたどり着きました。教会が見えたとき、本当に嬉しかったです。今日の福音の結びに「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」という言葉がありますが、大げさに言えば、そんな感じ。
 「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」それが今日の福音の結びの言葉です。ルカ福音書は洗礼者ヨハネについて語りながら、洗礼者ヨハネがその到来を告げた方=イエスがもたらした本当の「救いの光」を見るように、わたしたちを促しています。
 2000年前イエスがもたらした救い、人々が見た救いとはどういうものだったでしょうか。

 一人の徴税人がいました。彼は毎日、収税所に座って、人々から通行税を徴収していました。ローマ帝国の税金を同胞であるユダヤ人から徴収する。同胞から忌み嫌われ、さげすまれていたその男は、自分自身でも神の救いから程遠い、ダメな人間だと感じていたでしょう。その彼にイエスが声をかけました。「わたしに従いなさい」その呼びかけに応えて、彼はイエスの弟子になっていきました。彼の人生はそれまでとまったく変わったものになりました。
 女性特有の出血の病気に悩む女性がいました。12年間もその病気に苦しみ、医者にかかって、かえって苦しめられ、財産も使い果してしまいました。当時その病気は宗教的な「汚(けが)れ」とも見られていました。彼女は汚れが人にうつらないように、ひっそりと生活をしていたはずです。イエスという方のうわさを聞き、この人なら自分を救ってくれるのではないかと、必死の思いでイエスに近づき、こっそりと衣の裾に触れました。それは許されない行為でした。でもイエスは彼女を責めません。むしろこうおっしゃいました。「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい」
 大勢の群衆が空腹だったときのことです。人里離れたところで、どこからもパンを調達することはできませんでした。わずかなパンと魚があるだけ。イエスはそのパンと魚を神から与えられたものとして、感謝と賛美の祈りを唱えました。そして群衆とわずかな食べ物を分かち合い、おおぜいの人が食べて満たされたと伝えられています。
 イエスに周りに多くの人が集まってきました。ほとんどの人は貧しい人、病人や障害者、社会から排除され、差別されている人々でした。イエスの身内の人々がイエスをたずねてきたとき、イエスは自分のもとに集まっているこの貧しい人々を見回して、「見なさい、ここにわたしの兄弟姉妹がいる」とおっしゃいました。
 神は「アッバ(おとうさん)」であり、あなたがたはその神の子、決して神はあなたがたを見捨てていない。わたしの目から見て、あなたがたはかけがえのない兄弟姉妹・・・これがイエスのもたらした救いの光でした。その光のもとに、神への信頼と希望を取り戻した人々の集まりが生まれていきました。「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」人々はあのイエスの中にそういう救いを見たのです。

 それから2000年がたち、今のわたしたちはどうでしょうか。本当にわたしはわたしの人生を神に愛された子としての人生として受け取っているでしょうか。わたしの周りの人々をわたしは大切な兄弟姉妹として見て、関わっているでしょうか。アジアの国々から日本に働きに来ている人たちは、人として、神の子としての尊厳を認められているでしょうか。今のわたしたちの国、そして周りの国々は本当の平和に向かって歩んでいるのでしょうか。わたしたちは子どもたちの世代、これから生まれてくる将来の世代に、かけがえのない地球環境を残していくことができるのでしょうか。・・・まあそれほど絶望しなくてもいいかもしれませんが、でもイエスが示した福音の世界、人が本当に神の子としてのふさわしい生き方をし、人と人とが兄弟姉妹として支え合って生きる、その世界には程遠い現実もいっぱいあると思います。
 ミサの中で主の祈りのあと、司祭は「わたしたちの希望、救い主であるイエス・キリストが来られるのを待ち望んでいます」と唱えます。いつかイエスがもう一度わたしたちのところに来て、救いを完成してくださる、その希望を持ちながら、わたしたちは日々、精一杯、神の子として、互いに兄弟姉妹としてふさわしく生きるよう、導かれています。

 そしてわたしたちはいつも、あのイエスを見つめるのです。ベツレヘムの飼い葉桶に始まり、ゴルゴタの十字架に至る、あのイエスの生涯、イエスの生きられた道を見つめるのです。それは決して力強い救い主としての姿だけではありませんでした。ベツレヘムの飼い葉桶の中のイエスは、立派な説教をするわけでもなく、病気をいやすわけでもなく、パンを群衆に分け与えるわけでもありません。身動きできず、オギャーオギャーと泣いているだけのイエスです。それは十字架の上で何もできなくなったイエスをよく似ています。十字架のイエスも十字架の木に釘付けにされて、ただ苦しむだけのイエスです。そこにどんな救いが見えるでしょうか。
 わたしたちが苦しみのどん底、無力さのどん底にいるときも、イエスはいつも一緒にいてくださる。イエスはすべての人の兄弟として世に来られ、すべての人の友として十字架でいのちをささげてくださった。そのイエスはどんなときもわたしたちを決して見捨てない。必ずわたしたちのそばにいて、わたしたちを支え、導いてくださる。

 ボーッと見ていたら見過ごしてしまうかもしれません。ベツレヘムの町の人々は、旅をしていた貧しい夫婦を見て、この二人が救い主の両親だなどとはとても思えずに、追い払おうとしました。ヘロデ王は、生まれた幼子を自分にとって不都合な邪魔者と考えて抹殺しようとしました。イエスが十字架に架けられていたとき、その死刑囚が救い主だと、ほとんどの人は気づきませんでした。
 だからこそ、本当に祈りの中で、イエスを見つめるのです。あのイエスの生涯の中に本当に「神の救いを仰ぎ見る」ことができますように、深い祈りのうちにこの待降節を過ごしたいと思います。アーメン。

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