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毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

山谷MCのクリスマス



クリスマスおめでとうございます。なんだかとても忙しくなってしまい、クリスマスカードもぜんぜん出せませんでした。申し訳ありません。すばらしいクリスマスと新年をお祈りしています。
(待降節第3主日のミサは東仙台教会の黙想会の中で行われ、ミサの説教が講話。長すぎてブログには載せられませんでした。あしからず)

ちょっと早めでしたが、東京・山谷の神の愛の宣教者会(Missionaries of Charity)のブラザーとボランティアさんたちと一緒にクリスマスのミサを祝いました。(1階のホールにもプレゼピオがありましたが、2階の聖堂のプレゼピオは超ちっちゃい!)

●クリスマスのミサ(ルカ2・1-11)
               2018.12.22神の愛の宣教者会(東京・山谷)
 ホミリア
 短い期間でしたが、わたしは司教になる直前、江東区にある潮見教会を担当していたことがあります。と言っても、教区本部で働きながら、週末だけその教会に行くという形でした。その教会は「蟻の町」の教会として知られた教会です。
 1950年、北原怜子というカトリック信者の若い女性が、浅草の下駄屋に嫁いだ姉の家に住んでいて、偶然、コンベンツァル聖フランシスコ修道会のゼノ・ゼブロフスキー修道士と出会います。ゼノ修道士はマキシミリアノ・マリア・コルベ神父とともに1930年に日本に来て、戦争中もずっと長崎で働きました。戦後、日本全国を回って、貧しい人を励まし続ける活動をしていて、社会的によく知られていました。ゼノ修道士に導かれて、怜子は近くに「蟻の町」という廃品回収で生きる人々の共同体があることを知ります。場所は言問橋の近く、隅田公園の中で、終戦後、住む家をなくした人々が勝手に住み着いていた場所でした。彼らは、自分たちはアリのように小さくとも、力を合わせれば立派に生きていける、そう考えてこの共同体を作っていたのです。
 怜子はそこに通い詰め、そこに教会ができていきます。しかし、蟻の町のあった場所はもともと東京都の土地だったので、立ち退きと返還を求められました。病気になって蟻の町に住むようになっていた怜子は代わりの土地が手に入ることを夢見て必死に祈りました。そして28歳で彼女が死を迎える直前に、ようやく代替え地が決まりました。それが、今の潮見教会の土地です。当時は「8号埋立地」と言われていた場所でした。

 その北原怜子が蟻の町で最初に行なったことは、クリスマスの祝いでした。塔のように大きなサンタクロース像が飾られました。そこで聖劇をしたのですが、藁葺きの小屋を作り、そこにマリアとヨセフ役の人、そして生まれたばかりの赤ちゃんを借りてきて寝かせました。その幼子のもとに屑かごを背負った廃品回収の人々がやっているという劇でした。当時、ゼノ修道士の活動はよく知られていて、このクリスマスの様子も新聞記事になりました。新聞の見出しには「アリの町でもクリスマス」と報道されています。当時の日本のクリスマスは、会社員のお父さんたちがキャバレーで飲んでどんちゃんさわぎをするイメージでした。お金のある人の祭り?それをアリの町でもやっている、と驚かれたわけです。
 でもゼノ修道士と北原怜子にとってはこの蟻の町のクリスマスこそがほんとうのクリスマスでした。2000年前に幼子イエスの誕生を祝って駆けつけたのは、羊飼いでした。イエスの生まれた時代、羊飼いというのは、貧しく、無学で、町の人からさげすまれていた職業でした。現代の羊飼いとも言える貧しい廃品回収の人々がイエスの誕生を祝う。それが本物のクリスマスであり、それこそ「世界一のクリスマス」だったのです。

 クリスマスは貧しさの真っ只中で生まれたイエス・キリストの祝いです。羊飼いのような貧しい人々にその誕生は告げられました。貧しい人々が祝うのが本当のクリスマス。そのことを思い起こすためにカトリック教会では、飼い葉桶の飾りを飾ります。この家にもありますね。このようにルカ福音書の降誕の場面を再現することは、アシジの聖フランシスコが始めたそうです。1223年のクリスマス、フランシスコはイタリアのグレッチオという町にいました。そこで、飼い葉桶を置き、牛やロバを連れてきて、ルカ福音書の降誕の場面を再現し、クリスマスを祝いました。フランシスコがなぜそうしたか、それはクリスマスの「貧しさ」のメッセージを伝えるためでした。

 本当にイエスは飼い葉桶の貧しさの中で、世に来られました。
 「布にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子、これがあなたがたへのしるしである」
 天使は羊飼いたちにそう告げました。これが救い主のしるしでよかったな、とわたしはいつも思います。もしも救い主のしるしが「絹の産着を着て、黄金のベッドに寝ている乳飲み子」というのだったら、羊飼いたちは近づくこともできなかったでしょう。羊飼いたちは実際にその幼子を探し当て、喜びにあふれて帰っていきました。幼子は何もしてくれません。パンを増やしてくれるわけでもない。病気をいやしてくれるわけでもない。立派な説教をしてくれるわけでもない。そして、羊飼いたちの貧しさは何も変わりません。でも彼らは喜びに満たされます。
 それは、神が、神のひとり子がこんなに近くに来てくださった。わたしたちの近くにきてくださり、わたしたちとともにいてくださる。わたしたちは決して見捨てられているのではない。わたしたちの人生はイエスがともにいてくださる人生なんだ。そういう喜びです。
 その喜びを分かち合いたい。その喜びをここに集まるわたしたちは皆で分かち合いたいし、多くの人、特に貧しい人、病気の人、孤独な人とこの喜びを分かち合いたい、そう心から願いながら今日のミサをささげたいと思います。


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