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毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

神の母聖マリア(祭)



あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
カトリック教会では、1月1日は主の降誕から一週間目、神の母聖マリアの祭日、世界平和の日です。
お生まれになった幼子イエスの光がすべての人を照らしますように!

●神の母聖マリア(祭)・世界平和の日
 聖書箇所:民数記6・22-27/ガラテヤ4・4-7/ルカ2・16-21
       2018.1.1カトリック原町教会
 ホミリア
 新しい年を迎えました。この年がどんな年になるかは誰も分かりません。しかし、わたしたち日本のカトリック信者にとって、今年はおそらく意義深い年になると思います。それは今年、教皇が日本に来ると言われているからです。わたしたちはフランシスコ教皇が日本に来てくださり、日本の信者を励まし、日本の人々に福音のメッセージを告げてくださることを心から待ち望んでいます。そして・・・特別に福島に来てほしいと願っています。東日本大震災の地震、津波とともに、東京電力福島第一原子力発電所の事故という三重の被害を負わされた福島の地に立って、そこに生きる人々と苦しみを、そして希望を分かち合っていただきたいと思います。

 どうしても福島に来ていただきたいという特別な思いの理由は3つあります。
 一つは、原子力災害が現在も終わっていないということです。原発事故は8年前の出来事ではありません。現在進行中の出来事です。事故を起こした第一原発には溶け落ちた核燃料が残っていて、廃炉の工程は見えていません。汚染水は増え続けています。放射能汚染もなくなっていません。奪われた生活、ふるさとは戻ってきません。今も不安と苦しみを抱えている人がおおぜいいます。それでも終わったことにしたい人々がいます。教皇が福島に来てくれれば、原子力災害は終わっていないということを皆が知ることになります。

 もう一つは核兵器の廃絶に、世界中の多くの人が心を向けていて、教皇もその方向を指し示しておられるからです。核兵器禁止条約は2017年7月7日に採択されました。そのために大きな働きをしたとして、2017年のノーベル平和賞はICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)に与えられました。この条約は50カ国が批准してから、90日後に発効することになっていますが、2018年9月28日の時点でバチカン市国はじめ16カ国が批准し、69カ国署名しているそうです。逆に言えば、核保有国とその国々と同盟を結んでいる国々は賛成していません。日本もそうです。フランシスコ教皇が日本に来る一つの大きな目的は核兵器廃絶を訴えるためだと聞いています。核兵器に反対しながら、平和利用には賛成する、それが本当にありなのか、問われると思います。核兵器の問題と原発の問題はつながっている、そのことを世界中の人が考えるために、教皇が福島に来てくれたらいい、と思います。

 もう一つは、政治に向き合う、ということについてです。今年の「世界平和の日」の教皇メッセージを読みました。テーマは「良い政治は平和に寄与する」というものです。平和に対する政治の責任・関与ということにかなり踏み込んでいると思います。でも、具体的にそれぞれの国の政治課題については語られていません。それは全世界の教会の指導者としての立場からすれば当然なのだとも思います。国として外国人労働者をどのように受け入れるのか、隣国との対立関係をどのように解決していくのか、原発を維持し続けるのか、それとも将来的に原発をやめていく方向をとるのか、それはわたしたち日本国民の問題でしょう。すべての答えを教皇に求めるのは間違っています。でも今年の平和メッセージは、わたしたちの目を政治に向けさせます。政治家や政府を選ぶのはわたしたちなのであってわたしたちが政治に無関心であってはならない、ということをおっしゃっていると思います。教皇が福島に来てくれたら、具体的な政策の問題には触れないかもしれませんが、人権の尊重と平和の建設を願う以上、政治や政策の問題に真剣に向き合わなければならないということを多くの人に考えさせてくれると思います。

 いつも同じことを繰り返していますが、イエスは神をすべての人の父であると教えてくださいました。わたしたちは皆、例外なく、だれもがその神の子であり、互いに兄弟姉妹なのです。すべての人が神の子としての尊厳を持っていますし、すべての人の尊厳が尊重されなければなりません。そしてすべての人は互いに兄弟姉妹として、争いや対立を乗り越えて平和に向かって歩むよう求められています。人権と平和、これはわたしたちの信仰の根本にあることです。
 新年にあたって、わたしたちそれぞれに祈りや願いがあると思います。しかし、共通の願いとして、すべての人が人として尊重され、世界中すべての人が平和を味わうことができますように、このミサの中で心から祈りましょう。


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