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毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

主の洗礼



クリスマスから祭壇前に置かれていた立派なポインセチアは、寒さのためにしおれてしまいました。
このシクラメンはいただいたものですが、カリタス南相馬に預けてありました。
聖堂があまりに寒いので、ミサのときだけ、カリタス南相馬から持ってきて置くことにします。

●主の洗礼(祝)
 聖書箇所:イザヤ40・1-5、9-11/テトス2・11-14, 3・4-7/ルカ3・15-16、21-22
       2019.1.13カトリック原町教会
 ホミリア
 「祈っても、祈っても何も変わらない」という人がいます。本当にそういう経験がわたしたちにはあります。わたしの中にもそういう思いがないとは言えません。苦しくて、苦しくて、「神様、なんとかしてください」そう祈っても何も変わらなかった、そういう経験は誰の中にもあると思います。
 でも「祈って神様を変えたい」と思ったらそれは無理だ、ということもわたしたちは分かっています。昔読んだ本に、こういうたとえがありました。祈りというのは、池に浮かんだボートに乗っていて、岸につないだ縄を引っ張っているようなものだ、というのです。ボートに乗っている人は岸をなんとか近づけようとロープを引っ張る。するとだんだん岸が近づいていくる。でも本当は自分が岸に近づいていっているのだ。わたしたちは確かに神様をなんとかたぐり寄せようと祈りますが、実は、祈りの中でわたしたちのほうが神様に向けて変えられていく。祈りの大切な点はそこにあります。

 わたしたちは毎日祈ろうとしています。それは一日の生活を神との関係の中に置くためだと言ったらいいでしょうか。こうして毎週日曜日にミサに来て祈ります。それは一週間の生活を神との関係の中に置くためです。祈らなければ、わたしたちの生活は神様と関係のない生活になってしまいます。いや、もちろん祈らなくても、神様はわたしたちを見捨てない。でもわたしたちのほうが神様とつながる毎日を送るために、祈りはどうしても必要なんです。食事のときの感謝の祈り。朝の賛美と夕べの感謝。主日のミサの祈り。教会が伝統的に受け継いできた祈りは、本当に大切なことだと思います。

 なぜ祈りが大切なのか。それは祈ることによって、人生に意味が出てくるからです。
 わたしたちの毎日は、いいことがあったり悪いことがあったりする、それの繰り返しだけのように感じることがあります。そして、それだけなら意味がない。いくら努力して、業績を積み重ね、お金を稼ぎ、いい生活をしても、それだけでは本当のところ生きる意味は見いだせないのです。
 わたしたちの人生は神から来て、神に帰っていく歩み。最終的に愛そのものである神と一つになっていく長い旅路。その旅路の中にわたしたちの人生があり、毎日の生活がある、そう感じたときに、わたしたちの日々の生活、そして人生の歩みに意味が見えてきます。わたしたちの歩みとはそういうものであるということを思い起こし、確認するのが祈りなんです。

 祈りの中で生まれるものは神とのつながりです。もちろん、祈らなくても神とのつながりはあるはずです。それでもわたしたちは祈るのです。なぜならイエスご自身が祈られたことを知っているからです。今日の福音はイエスが活動を始める直前、洗礼者ヨハネから洗礼を受けた場面ですが、ルカ福音書はこう言います。
 「民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」

 イエスが洗礼を受けたときに「祈っておられた」と伝えるのはルカ福音書だけです。
 祈っている中で何かが起きます。まず「天が開ける」。これは神がこの世界に介入してくる、ということを表す伝統的な表現です。そして「聖霊が降(くだ)る」。聖霊とは神との一致そのものからくる力です。そして声が聞こえる。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声です。イエスをいつくしむ御父の声であり、イエスに神の子、主のしもべとしての使命を与える声でもあります。祈りの中でイエスは御父とのつながりをしっかりと深く、強く、受け取っていくのです。
 主の洗礼の出来事はイエスの活動の出発点です。ここから神の子としての、主のしもべとしてのイエスの活動が始まります。わたしたちも祈りから出発しましょう。祈りの中で、神の愛といのちに触れ、神とのつながりを確認し、いつもそこから出発しましょう。わたしたちのささげているミサとはまさにそういう祈りです。

 偉そうなことを言えるほど祈っているか、と我が身を振り返ってみると、ぜんぜん足りない自分がいます。朝晩の祈りや食前の祈りもすっ飛ばしてしまうような自分がいます。でも祈りは大切。今日は、皆さんとそのことを分かち合いたいと思いました。だから諦めず、失望せずに、それぞれの人がそれぞれの仕方でかまわないから、何とか自分の生活の中で祈りを大切にしてください。そうお願いして、今日の説教を終わります。


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