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毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

聖霊降臨の主日



聖霊降臨の主日、仙台教区第6地区合同の堅信式ミサのため、皆で元寺小路カテドラルに出かけることになり、原町教会のミサはお休みでした。
堅信式ミサはもちろん平賀司教様の司式でしたが、説教だけ頼まれましたので、メモを載せておきます。

●聖霊降臨の主日(祭)
 聖書箇所:使徒言行録2・1-11/ローマ8・8-17/ヨハネ14・15-16, 23b-26
         2019.6.9元寺小路カテドラル
 ホミリア
 今日、わたしたちは聖霊降臨を祝っています。第一朗読・使徒言行録2章にあるように、イエスの復活から50日目(ペンテコステの日)、使徒たちの上に聖霊が降り、使徒たちは、神がイエスをとおしてなさった救いのわざを大胆に告げ知らせ始めました。その意味で、この日は教会の活動が始まった日、教会の創立記念日のような日で、大切な祝日です。
 弱い人間が神様から与えられる使命を生き始めようとするとき、神の助けと支えがなければ、とても使命を果たすことができません。そのために与えられる神からの力が聖霊です。イエスが神の子としての活動を始めたときも、聖霊がイエスの上に降りました。イエスは神の国を告げ知らせる活動を始める前に、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けたと伝えられています。そのとき、聖霊がイエスに降り、「あなたはわたしの愛する子」あるいは「これはわたしの愛する子」という声が天から聞こえた、と福音書は伝えています。
 聖霊は目に見えません。どうして聖霊が降ったということが分かったのでしょうか。それは目に見えたり、耳で聞こえるという感覚的なしるしをとおしてです。イエス様の洗礼のときは聖霊が鳩の姿でイエスを覆いました。鳥が翼を広げて、人を覆い、包むという感じですね。ペンテコステの日には「激しい風」の音が聞こえ、「炎のような舌」が現れて弟子たちの上に止まった、と言われています。風は目に見えないけれど、大きな力を持っています。それは聖霊のしるしでした。「炎のような舌」というのは弟子たちに与えられた言葉の賜物を目に見える形で表すしるしでした。

 今日はこのミサの中で仙台教区第6地区の合同堅信式が行われます。聖霊降臨の日はそれにふさわしい日です。堅信の秘跡とは、この秘跡を受ける人が、聖霊降臨の出来事にあずかり、弟子たちと同じ使命に生きるようになることを表す式だからです。「使命」は英語で言えば「ミッション」です。ミッションというのは、「遣わす、派遣する」という意味のラテン語から来た言葉で、もともと神から派遣されることを意味していました。神から与えられた特別な役割、それがミッションです。
 幼児洗礼を受けたみなさんは、赤ちゃんのときに、自分の意志ではなく、親と教会共同体の望みで洗礼を受けました。「自分の知らないうちに、親に勝手なことをされて迷惑だ」と感じたこともある人もいるかもしれません。でも堅信の秘跡は自分の意思で受けます。自分自身でやはり神とイエスを信じて歩んでいこうと考えることのできる年頃になって、自分の意思で堅信の秘跡を受けるのです。その時から、新しいミッションを生きることになります。

 それは、イエス様の弟子として歩んでいくというミッションです。イエスが2000年前に、ガリラヤ・ユダヤと呼ばれる地方でどんなふうに生きたか、皆さんは学んだと思います。そしてこれからも聖書を読んで、ずっと学んでいってほしいと思います。そのイエスの後に従って歩む、これがわたしたちのミッションです。
 イエスがなさったことは、神様がいつくしみ深い方で、その愛といつくしみは例外なくどんな人にも注がれている、ということを伝えることでした。そして、だからわたしたちもお互いにお互いを大切にして生きよう、ということでした。それをイエスは言葉だけでなく、いろいろな人との出会い、関わりをとおして伝えました。
 そのイエスの後についていくのです。難しいことでしょうか?

 十代の皆さんは、これから自分の人生の進路を決めていくことになります。いろいろな仕事をとおして、人を助ける、人のために働く。そのことをとおして目に見えない神の愛のしるしになることができます。大人になって、親として自分の子どもを育てる、そのことをとおして、神の愛のしるしとなる。それも大切なことです。
 毎日の生活の中でも、わたしたちにできることがあります。病気の人のお見舞に行ったり、お年寄りのところを訪問すること。ひとりぼっちの人や淋しい思いをしている人に声をかけること。いじめられている人のそばにいてあげること。人のために何かできること、良いことをしてあげること。そういうことをとおして、わたしたちは目に見えない神の愛の、目に見えるしるしとなることができます。それがわたしたちのミッションです。

 そして、そのミッションを果たすため、今日、堅信を受ける人に聖霊という神の助け、神の力が注がれます。聖霊は目に見えませんから、堅信式でも目に見えるしるしを用います。鳩を使うわけにもいきませんし、炎のような舌というのも難しいので、聖書の中に出てくる他のしるしを使います。一つは「手を置くこと(按手)」、もう一つは「油を塗ること(塗油)」です。この目に見えるしるしをとおしてこの人々に聖霊が注がれることを表すのです。そして本当に神様からのミッションを生きることができるようにしてくださるのです。
 大丈夫。皆さんは今日、堅信の秘跡を受けて、イエスの弟子として歩み始めます。聖霊がその歩みを支え、導いてくださいます。大きな信頼と希望、喜びを持って歩んでいってください。
 

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