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毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

年間第18主日



最近何度か、味の素財団の料理教室のお手伝いに行っています。
以前は仮設住宅、今は復興公営住宅の集会所で行われているイベントです。
みんなで集まって、料理を習い、一緒に作って、一緒に食べる集まりです。
みなさん、楽しみに待っていらっしゃいます。

こういうことでもないと、なかなか人と交われない、という声もずいぶん聞きます。
震災から9年目、こういう関わりがもっと大切になっていくと思っています。

●年間第18主日
 聖書箇所:コヘレト1・2, 2・21-23/コロサイ3・1-5, 9-11/ルカ12・13-21
        2019.8.4カトリック原町教会
 ホミリア
 少し話しにくい話ですが。
 「原発事故なら補償金がでるけれど、ウチは津波で家を流されたから何の補償もない。」
 「避難指示が出たから補償金をもらっているけれど、あっちの人のほうが補償金が多い」
 「隣の家は仮置場に土地を貸しているから、その収入があるけれど、うちはそのフレコンバックの山を毎日見させられていて、何の収入にもならない。」
 ・・・お金が人と人との関係を引き裂いていく。そんな現実がこの地域にはあります。いや日本中、世界中、どこにでもあると思いますが、ここではある意味で目立ってしまっているという面もあるでしょう。

 今日の福音は、「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」とある人がイエスに訴えるところから始まります。あっちのほうがいい思いをしている。先生、なんとかしてください、というのですね。それに対してイエスは、「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできない」「自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者」であってはならないと教えます。
 わたしたちキリスト者は、本当はお金がすべてではない。富よりも、もっと大切なことがある。本当に「神との関係で豊かになる」こと、それが大切だ、と信じていますよね。でも、こんなことを言うと、司祭やシスターはお金の心配がなくて、経済的に切羽詰まっていないからそんなことを言っている、と言われそうです。本当にそうでしょうか。

 前にもお話ししたことがあるかもしれませんが、忘れられない一つの光景があります。
 もうずいぶん前のことですが、70歳代の男性の信者の方の病室をお見舞いしたときのことです。ガンの末期で余命幾ばくもない、という状態で、家族が皆、集まっていました。そこで病者の秘跡をお授けしました。
 ふとベッドの上を見ると、点滴の薬の袋をぶらさげるフックがありました。しかし、下がっていたのは点滴の薬ではなく、孫の写真と十字架でした。親しい家族でしたので、わたしは思わず、「点滴よりこちらのほうが効きそうですね」と言ってしまいました。
 本当にそう思いました。死に直面したぎりぎりのところでこの人を支えているものは、孫の写真が象徴している家族との絆。そして十字架が象徴している神との絆。それが本当にこの人がぎりぎりのところで大切にしているものであり、この人を生かしているものなのだと感じさせられたのです。
 わたしたちは普段、そんなに死に直面しているわけではないでしょう。だからお金のことや人間関係のあれこれに一喜一憂しているのではないでしょうか。それはもしかしたら、ある種の余裕があるから言えることなのではないでしょうか。
 本当に死に直面して、生きるか死ぬか、という場面では、そんなことは問題にならない。それこそイエスが今日の福音でおっしゃる「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる」という局面で問われることは何か?それが今日の福音の問いかけです。

 第一朗読は「コヘレトの言葉」でした。「伝道の書」とも呼ばれてきた書です。「この世のものはすべては空しい」というのですが、それは一方で「決して空しくないものがある」という確信があるからです。「神とのつながりだけは決して空しくない」これがコヘレトの言葉の確信で、だから「神を畏れ、その戒めを守れ」(12・13)というのが結論なのです。
 第二朗読のコロサイ書3章の箇所は、福音と似た雰囲気を持っています。
 「1あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。2上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。3あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。4あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう。
 5だから、地上的なもの、すなわち、みだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、および貪欲を捨て去りなさい。貪欲は偶像礼拝にほかならない。」
 本当に大切なことは、神のうちにあるいのちを生きることだというのです。

 確かに、どうしても地上のことに心奪われて生きているのがわたしたちの現実だと言わざるを得ないかもしれません。でも今日の福音は「いや、それが本当に大切なのか、本当に大切なことはもっと違うことなんじゃないか」、と問いかけてきます。
 本当に大切なこと。それは神とともにどう生きるかということ。
 何よりも優先すべきこと。それはすべての兄弟姉妹とともにどう生きるかということ。
 そこのところを見失わずに生きていくことができますよう、聖霊の助けを願いながら、祈りたいと思います。
 

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