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カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

ネラン神父追悼ミサ 説教

少し遅くなりましたが、ジョルジュ・ネラン神父の命日を前にした追悼ミサの説教を載せておきます。

●2012,03,20麹町教会にて(ローマ6・4-11、ヨハネ15・1-5、9-12)

 ジョルジュ・ネラン神父は、1920年 2月 2日リヨンで生まれ、1952年32歳で来日されてから60年近く、実にスケールの大きな宣教師として歩んでこられました。そして昨年3月24日、小金井の桜町病院のホスピスで91年の地上の生涯を終えました。
 人の一生とはあるとき生まれ、あるとき死んで終わりになる、それだけのものでしょうか?ネラン神父は、キリスト信者として、決してそうではない(死はすべての終わりではない)と信じていました。ネラン神父が1997年に書いた『キリストの復活』という本があります。昨年、ネラン神父の死後、再版されたので、わたしも読み返してみました。
 
 ネラン神父の復活信仰とはどういうものだったのでしょうか。もちろん、ネラン師は、死んだ人間の肉体が生き返って歩き始めるという、ホラー映画のような復活を信じていたのではありません。イエス・キリストが時間と空間の中で生きたその生涯を終えたのちに、永遠の神の世界にはいり、そこで永遠のいのちを生きるものとなった。それがキリストの復活ということだとネラン師は考えています。2000年前にそういうことが起こったというだけでなく、その結果、キリストは永遠にわたしたちと共にいる方となった。これこそがキリストの復活の大切な面だと、ネラン神父は強調します。

 では、キリストが復活し、今もともにいてくださるということが、キリスト信者になにをもたらすか? それを語るのは「生きるキリストの軌跡」という章で、そこ引用されているのが先程読まれた2つの聖書の箇所です。
1つは使徒パウロのローマの教会への手紙6章。パウロは水の中に沈められる洗礼をキリストともに古い自分に死ぬことだと言います。そして、「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなる」「キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きている」ネラン師はこれを「キリストとの合体」と表現しています。
 もう1つはヨハネによる福音書15章。ぶどうの木全体と個々の枝のつながりをたとえにして、キリストがわたしたちのうちにとどまり、わたしたちがキリストのうちにとどまる、という深い結びつきがここには語られています。このキリストとの一致こそが、キリストが復活してわたしたちとともに生きているということなのだと、ネラン神父はそう考えています。
 そしてキリストと一つになるとは、キリストを信じ、キリストを愛し、キリストに学び、キリストが愛したように、互いに愛し合うことだと言います。キリストが2000年前に何を語り、どのように歩まれ、誰とどう出会い、十字架の死に至るまで神に対する信頼をどう生き抜き、人に対する愛をどう生き抜いたか、それを見つめることがもちろん大切なのですが、ネラン神父にとっては、それ以上に、今キリストが私たちと共にいて、わたしたちのうちにいるということのほうが大切だったのではないかと思います。それは、復活のキリストこそが、わたしたちが神の永遠の世界と確かにつないでくださる方だからです。

 ネラン神父は、キリスト教宣教とは人に「生き甲斐」を提供することだとたびたび語っていました。それはこの復活信仰に基づいています。
 もしキリストが生きていないのなら、わたしたちの人生も、あるとき始まり、あるとき終わり、その中に成功や失敗が繰り返されるだけのもの、意味のないものだということになり、だとしたらそこに本当の生き甲斐は見いだすことができない。しかし、もし、キリストが今も生きていて、わたしたちを永遠の世界につないでくださる方であるならば、わたしたちはその永遠の世界とのつながりの中で、限りある人生を精一杯、よりよく生きることができ、そのとき人生ははじめて、生きる甲斐のあるものとなる。この生き甲斐に気づかせることこそ、宣教であり、その根拠はキリストが復活して、世の終わりまでいつもわたしたちと共にいてくださることなのである。これがネラン師の確信でした。

 亡くなる2か月ほど前、わたしはネラン神父に呼ばれて桜町病院の病室に行き、病者の塗油の秘跡をお授けしました。その時の静かな雰囲気を今もよく覚えています。ネラン神父はもう永遠の神の世界だけを見つめていたように感じられました。今日ネラン神父を偲んで集まったわたしたちが、日々いろいろせわしなく過ごしているかもしれませんが、復活したキリストに対するネラン神父の信仰を思い起こし、わたしたちが本当に永遠の神の世界につながって生きているということ、そして、そこにこそ生き甲斐があるということを改めて深く味わいたいと思います。



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