毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

主の復活(日中のミサ)

本郷初聖体

主の復活、おめでとうございます。

今年の復活祭は本郷教会で祝いました。
日中のミサの中で、2人の子どもの初聖体が行われました。

●復活の主日(ヨハネ20・1-9)子どもの初聖体

 復活したイエスは、いつどこでもわたしたちと共にいてくださいます。
 ルカ福音書のエマオの弟子たちのように、悲しみや挫折感に襲われ、本当に打ちひしがれ、落ち込んでいるとき、気が付かないけれど、そばに来て、一緒に歩いてくれている、そういう体験はきっとあると思います。
 でも、あのエマオの弟子たちが、食事の席で「あ、イエスだ」と気づいたように、特別に、このミサという食事の席は大切です。それは日々の生活の中で、わたしたちが復活のイエスに気づくために、本当に大切な場なのです。

 ミサは復活の祝いの食卓です。ミサは最後の晩さんのイエスの姿を思い出す食卓ですが、同時にそれ以上に、復活したイエスが弟子たちとともにした食事を思い出す場でもあります。第一朗読にこうありました。
「わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、特にエルサレムでなさったことすべての証人です。人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。しかし、それは民全体に対してではなく、前もって神に選ばれた証人、つまり、イエスが死者の中から復活した後、御一緒に食事をしたわたしたちに対してです。」(使徒言行録10・39-41)
 この食事のたびに、わたしたちはイエスが今も生きておられることを思い起こし、確認し合います。

 カトリック学校で何かのときにミサがあり、ほとんどミサに参加したことのない子どもたちとミサをした経験が何度かありますが、けっこう難しいです。ミサの言葉を知らないとミサに参加しても聞くだけで、参加した思いにならないでしょう。でも言葉が分からないからと言って、式文を全部プリントしておくと、生徒たちはプリントばかり見て、祭壇をみない。これではミサに参加したことにならないですね。そこで2つの言葉だけ覚えてください、とお願いしたことがあります。それは「アーメン」と「また司祭とともに」です。
 「アーメン」は「確かに、本当に」という意味のヘブライ語です。「本当にそうなりますように」「本当にそうです」という意味で使います。祈りの後で、本当にそうなりますように、と願うときによく使います。「また司祭と共に」は司祭が「主は皆さんとともに」と呼びかけたときの答えです。今、わたしたちがこうして集まっているとき、目に見えないけれど、今も生きているイエス様がここに共にいてくださる、そのことを確かめ合うのが「主は皆さんとともに」「また司祭と共に」というあいさつです。この2つと主の祈りを覚えていれば、ほとんど初めての人でも何も見ないでミサに参加できるんです。

 「主は皆さんとともに」「また司祭とともに」はミサの中で何度も繰り返されるやりとりです。何回出てきますか。少し変化した形も含めると5回出てきます。最初のあいさつ、福音朗読のとき、奉献文の始まりのとき、聖体拝領の前の平和のあいさつのとき、そして派遣の祝福の前。
 わたしたちの集まりの中にキリストがいる。「2,3人がわたしの名によって集まるところにわたしもいる」イエスはそう約束なさいました。だから最初に「主は皆さんと共に」というあいさつからミサは始まります。そして、昨日も話したのですが、聖書が読まれるとき、特に福音書が読まれるとき、イエスご自身がそこにいて、わたしたちに語りかけている。もちろんパンとぶどう酒の食卓は「主の食卓」。イエスがわたしたちを今日、招いてくれている食卓ですね。そして聖体のパンをいただくとき、キリストとわたしたちが一つに結ばれる。「主の平和」と言いますが、わたしたちがキリストに満たされ、互いの一致と平和に向かうのです。
 
 そして聖体をいただく時の「アーメン」も大切です。「本当にそう信じます」という意味で言います。イエス様は生きていて、わたしたちとともにいてくださる。このパンの形でわたしたちの中に入ってこられ、わたしたちはイエス様と一つに結ばれる。「本当にそうです」という意味でアーメンと言います。初聖体を受ける皆さんはよくわかっていると思いますが、本当に大切にしてください。
 さて、最後の「主は皆さんとともに」はミサが終わるときです。第一朗読では「証人」と呼ばれていました。「わたしたちは確かに復活して生きておられるイエス様と一緒に食事をした」その人が証人として派遣されます。
人に親切にする。困っている人の力になる。苦しくてもへこたれない。どんなときも希望を見失わない。神様に対していつも祈りと感謝と信頼を忘れない。そういう者として派遣されるのです。ミサは一年中、いつも復活の祝いです。今日、復活祭にあたって、特にそのことを深く思いながら、このミサをささげましょう。

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