毎日がクリスマス

カトリック司教 幸田和生のブログです。説教メモなど

受難の主日(枝の主日)のミサ



田中正造が晩年、日記に書き記した言葉。

“真の文明は 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし”。

今、福島にいて、この言葉が心にしみます。


●受難の主日
 聖書箇所:イザヤ50・4-7/フィリピ2・6-11/マタイ27・11-54
             2017/4/9カトリック原町教会
 ホミリア
 マタイの受難物語を読んで、田中正造という人を思い出しました。
 明治時代に始まる足尾鉱毒事件というのがありました。日本の公害問題の原点と言われる栃木県足尾銅山の公害事件です。明治時代、足尾銅山の精錬所から出るガスが付近の山々を枯らし、汚染水が渡良瀬川の下流に大きな被害をもたらしました。日本の近代化のために銅山は重要な産業で、国は公害対策よりも産業振興を優先していました。銅山を経営する古川鉱業に対して、抜本的な対策を求めることがありませんでした。
 これに立ち向かったのが田中正造でした。栃木県佐野市の出身で、1890 年から6期11年にわたって衆議院議員を務めました。彼は再三、国会で鉱毒の被害を訴え続けました。しかし彼の訴えはほとんど無視されました。被害を受けていた農民たちは陳情のため何度も東京に向けて出かけましたが、1900年、その途中で警官隊と衝突し、多くの逮捕者が出ました。これを川俣事件と言います。その後、田中正造は鉱毒問題については天皇に直訴するしかないと考え、1901年に衆議院議員を自ら辞し、日比谷で天皇の乗った馬車に駆け寄り、直訴を試みます。直訴は失敗しましたが、この出来事は大きく報道され、人々が鉱毒事件に関心を持つようになりました。正造は川俣裁判の裁判を傍聴中、あくびをしたとされ、この態度が法廷を侮辱した罪に問われ、1902年に重禁錮40日の刑を受けました。このときに獄中で聖書に出会ったそうです。彼はキリスト教の洗礼は受けませんでしたが、その後ずっと聖書を熱心に読み続けました。

 その後、鉱毒を貯める巨大な貯水池が作られることになりました。現在もある渡良瀬遊水池です。鉱毒の元である銅山はそのままにして、被害を減らそうというのです。鉱毒をその池に沈殿させるため、というのが池を作る理由でしたが、田中正造たちが住んで鉱毒反対運動の拠点になっていた群馬県下都賀郡谷中村を潰すためでもありました。谷中村は池の中に沈むため強制廃村となり、住民に立ち退きが命じられました。田中正造は1907年の家の強制破壊の日まで谷中村に住んで抵抗を続けました。その後も抵抗を続けましたが、次第にこれまでの支援者たちも田中正造を離れ去っていったそうです。
 田中正造の最期は支援者の家を訪問する旅の途中、病で倒れ、しばらくして息を引き取ったというものでした。1913年9月4日、71年間の生涯でした。鉱毒反対運動に私財をすべて投じ、最後は無一物になったと言われています。苦しむ人々、見捨てられた人々のためにすべてをささげた生涯でした。

 彼が最後に持っていたものは布製の袋たった1つでした。中には書きかけの原稿と新約聖書、鼻紙、川海苔、小石3個、日記3冊、帝国憲法とマタイ福音書を一つに綴じた小さな本だけがあり、これが全財産でした。
 その日記の最後のページに書かれていたのは、「何とて我を」という言葉です。この言葉が何を意味するか諸説あるようですが、わたしは何年か前、田中正造の遺品を展示してある佐野市郷土博物館でその言葉を知り、すぐにこれは十字架のイエスの言葉だと気づきました。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」文語では「何とて我を見捨て給ひしや」ということになります。
 田中正造の生前、どんなに訴えても古川鉱業は加害責任を認めませんでした。国もそうでした。それを認めたのはなんと1974年のこと、田中正造が世を去って60年以上経った後のことでした。田中正造は無念のうちに世を去りました。「何とて我を」この言葉は田中正造の無念さをよく表しています。しかし、正造はただ無念さを感じてこう書いたのではないとわたしは思います。彼は自分自身の思いをあの十字架のイエスの思いと重ね合わせていたのでしょう。イエスもまた自分と同じように、神からも人からも見放される苦しみの中で死んでいった。自分の苦しみはあのイエスの苦しみにつながっている、と正造は信じていたと思います。

 イエスご自身はどうだったでしょうか。確かにイエスは弟子たちから裏切られ、群衆から見放され、最後は神にも見捨てられたようになって十字架で死を遂げました。その中で、イエスはあの「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉を発せられました。ただイエスは(そして田中正造もおそらく)、これが詩編22の冒頭の言葉であることをよく知っていました。
 第22編はどうしようもない苦しみの中からの叫びです。
 「2わたしの神よ、わたしの神よ/なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず/呻きも言葉も聞いてくださらないのか。」
 「7わたしは虫けら、とても人とはいえない。人間の屑、民の恥。8わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い/唇を突き出し、頭を振る。9『主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら/助けてくださるだろう。』」
 「17犬どもがわたしを取り囲み/さいなむ者が群がってわたしを囲み/獅子のようにわたしの手足を砕く。18骨が数えられる程になったわたしのからだを/彼らはさらしものにして眺め19わたしの着物を分け/衣を取ろうとしてくじを引く。」
 イエスは、「わが神、わが神」というこの詩編を唱えることによって、過去から未来へと何世代にもわたる人々。理不尽な苦しみを受け、苦しんでいるすべての人々の群れの一員となったのです。十字架のイエスはいつも苦しむ人とともにいてくださる方です。

 もう一つ大切なことがあります。詩編22の苦しみの中からの叫びは次第に神への賛美に変わっていくのです。なぜなら、詩編作者はこう確信しているからです。
 「25主は貧しい人の苦しみを/決して侮らず、さげすまれません。御顔を隠すことなく/助けを求める叫びを聞いてくださいます。」
 神は必ずこの叫びを聞いてくださる。人に捨てられようと、周囲から蔑まれようと、どんなに痛めつけられようと、すべてのものを奪われようとも、神は必ずこのわたしの叫びを聞いてくださる。ここにわたしたちの希望があります。
 わたしたち自身、どうにもならない苦しみを体験することがあります。その自分自身の苦しみの中で、共にいてくださる十字架のイエスを見つめましょう。そして、わたしたちの叫びを必ず聞いてくださる神に信頼を置いて、イエスと共に歩んでいきましょう。



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四旬節第5主日のミサ



「まもなく終点、浪江に到着いたします」
避難指示解除に伴い、4/1、常磐線小高〜浪江間が6年ぶりに開通し、その初日の電車に乗って来ました。
避難指示が解除され、電車がとおっても、それで原発事故が終わったわけではありません。
これから先、被災者にとってもっと厳しい現実が待ち受けているように感じています。
どうか、どうか、全国の皆さん、忘れずにお祈りください。

●四旬節第5主日
 聖書箇所:エゼキエル37・12-14/ローマ8・8-11/ヨハネ11・1-45
 2017.4.2原町教会

 ホミリア
 「わたしは復活であり、いのちである」
 これが今日のイエスの宣言です。イエスは親しい友であるラザロの死を前にして、兄弟の死を嘆き悲しむマルタに向かって、こう宣言しました。そしてラザロをよみがえらせました。単なる奇跡物語というのではなく、この四旬節を過ごす中で、わたしたちは今日の物語をとおして、「復活であり、いのちであるイエス」により深く出会うよう、招かれています。

 聖書はいのちというものをただ単に生物学的に生きているいのちとは見ません。一つの体の中で完結していて、ある時始まり、ある時消滅する、それだけのものとは見ません。あくまでも、いのちを神とのつながりの中に見るのです。
 創世記2・7にこうあります。「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」
 人はこの神によって生かされている者です。そこから三つのことが出てきます。

 一つはいのちの平等性です。どんないのちも例外なく、神によって造られ、神によって生かされているいのちだから、すべてのいのちは神の前にとうといものです。あの人のいのちはこの人のいのちより尊いとか、あの人のいのちはこの人のいのちより価値がない。そういう見方をわたしたちはしません。
 現実の世界ではそうとは限りません。どんないのちも尊重されているかといえば、そうでない現実がたくさんあります。大人の都合・身勝手に左右される幼いいのちがあります。経済的な格差が広がり、ある人々はまるで存在する価値がないように粗末に扱われています。危険で健康を害するような仕事をせざるを得ない人もいます。だれからも見捨てられた難民やホームレスの人が世界にはたくさんいます。きょうの福音で「イエスは涙を流された」と伝えられていますが、復活して今も生きておられるイエスは、今この時に、そうした人々を見て、涙を流しておられることでしょう。どんないのちもかけがえのない大切ないのち、わたしたちは聖書からそう教えられ、そのことを大切にします。

 すべての人が神によって生かされているというところから出てくるもう一つの確信は、いのちは肉体の死で終わらないという確信です。
 旧約聖書の中で「復活」という考えがはっきりと出てくるのは、紀元前2世紀のことです。今日の第一朗読は紀元前6世紀のバビロン捕囚の時代の預言ですが、これは個人の復活というよりも、死んだ骨のようになったイスラエル民族の再生のことを語るたとえだと考えられています。はっきりと個人の復活が語られるのは、紀元前2世紀、セレウコス朝シリアのアンティオコス4世エピファネスという王がイスラエルを支配していた時代のことです。激しい宗教迫害がありました。エルサレムの神殿にはギリシアの神々の像が持ち込まれ、ユダヤ人たちは先祖伝来の律法に従った生活することを禁じられました。神に忠実であろうとすればするほど、苦しみを受け、中には殺されていく者もいる。その時代の中で神はご自分に忠実なものを死を超えて救ってくださる、という希望が生まれます。これが復活の希望でした。
 なんとなく、死後の世界はどうなっているのか、という興味から復活が語られたのではありません。現実は苦しみに満ちている。神を信じれば信じるほど苦しみが増す。それでも神に信頼を置き、人を愛して生きることに意味があるのか。その切実な現実の中で、たとえ現実がどんなに悲惨に見えても、神はわたしたちを見捨てない。肉体の死を超えて、神はわたしたちにいのちを与えてくださる、これが復活の希望であり信仰です。

 神とのつながりの中でいのちを見たときに、見えてくる三つめのこと、それはいのちが他のいのちとのつながりの中でこそ輝くということです。一人一人の人間の体の中にいのちがあってそれぞれが孤立しているのではなく、神とのつながりによっていのちは生かされているものであり、自分のいのちだけでなく、他の人のいのちとつながる中で本当にいのちは輝く。そのつながりの根底にあるものは「共感」と言っていいと思います。英語で言えばcompassionです。comはラテン語から来ていて「〜とともに」という意味。passionは「苦しみ」です。だからむしろ「共苦」と言ったほうがいいかもしれません。他人の苦しみを自分の苦しみにする、深く共感する、そこにいのちが輝く。なぜなら神こそが、イエスこそがわたしたちの苦しみ・痛みに本当に共感してくださる方だからです。四旬節第三主日の福音で、サマリアの女に出会い、「水を飲ませてください」と言って、彼女の渇きに共感したイエスの姿。第四主日の福音で、生まれながら目の見えなかった人の苦しみを見過ごさず、安息日であっても彼をいやしたイエスの姿。そして今日の福音でラザロの死と嘆き悲しむ人々の姿に心揺さぶられ、涙を流されたイエスの姿。この徹底した共感、共苦の中にこそイエスのいのちは輝いていたのです。

 福音はこのイエスとの出会いの物語です。二千年前の物語ですが、わたしたちが今日、このイエスに出会うように、と招いています。今日の福音をとおして、今日のミサをとおして、いのちであるイエスに出会い、イエスにより深く結ばれますように。アーメン。


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四旬節第4主日のミサ



写真は石巻市の日和山から見た旧北上川中瀬方面の景色です。
2017年3月19日撮影

●四旬節第4主日
 聖書箇所:サムエル上・161b、6-7、10-13a/エフェソ5・8-14/ヨハネ9・1-41

 ホミリア
 先週の日曜日は四旬節黙想会のため、石巻教会に行ってきました。ご存じのように石巻は東日本大震災で大きな津波被害を受け、3,000人以上が犠牲となった土地です。わたしは南相馬から行きましたので、福島県浜通りの話を少しミサの中でしました。黙想会のあと、昼食を皆さんと一緒にいただきました。新鮮なホヤ、生のわかめ、牡蠣のオイル漬け、本当に素敵な食卓でした。そこにいた皆が震災のときの体験、その後の体験を話し始めました。「石巻ではこうだったんです」と口々におっしゃられました。家族をなくした人。家をなくした人。家の中に泥や木材が入り込んで来たという人。ギリギリのところで津波から逃げて助かった人。山で津波は来なかったけれどその後いろいろな苦労があったという人・・・実は教会の中でこういう話をすることはほとんどなかったそうです。「あの人は自分よりもっとたいへんだった。そう思ったら自分の体験は話せなかった。」それが震災から六年経って、東京の司教さんが来て、聞いてくれたから話せた、ということだったようです。本当に貴重な体験を聞かせていただきました。
 そして話は「どんなに大変な目にあったか」ということから次第に「あの震災の中で神様は何をしてくれたか」という話になっていきました。こんなふうに人に助けられた。さまざまな人をとおして神様はこんなことをしてくれた。こんな力をもらった。信徒同士が助け合い、お互いの間が近くなった。一時は神を疑い教会を離れたが、また教会に戻ることができた・・・わたしはすごいことだと思いました。あんなに悲惨な経験をしたら、神も仏もあるものか、と思うのがあたりまえかもしれないなのに、この人たちは震災の悲惨な経験をとおして、むしろ信仰が強められた。そしてこの信仰は本当に確かな信仰なのだと感じました。

 きょうの福音は生まれつき目の見えない人がイエスによっていやされたという話です。彼はイエスに出会い、イエスによって目に泥を塗られ、シロアムの池に行って洗うと目が見えるようになりました。つまり、彼はイエスを目で見ていないのです。彼はイエスについて何も知りません。人々からお前をいやしてくれた人はどこにいるのか、と聞かれても、彼は「知りません」と答えます。
 ファリサイ派の人たちは彼を取り調べました。イエスがこの人の目をいやしたのは安息日のことで、安息日にこのような労働を行う人は罪人に決まっているとファリサイ派は考えました。しかし、同時に罪人にこのようないやしは不可能だとも考えていました。ですから彼らは、イエスによるいやしの事実をなんとか否定しようとして、このいやされた人を尋問するのです。
 その中でこの人は次第に力強くイエスを証言する人になっていきます。こういう箇所があります。
 「さて、ユダヤ人たちは、盲人であった人をもう一度呼び出して言った。『神の前で正直に答えなさい。わたしたちは、あの者が罪ある人間だと知っているのだ。』彼は答えた。『あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです。』(24-25節)

 先ほども言いましたが、彼はイエスの顔を見たことがないし、イエスがどういう方か、ほとんど何も知りません。イエスについての知識はゼロに等しいのです。それでも彼は知っています。自分がイエスによっていやされたことを。それだけは確かなことでした。こういう箇所もあります。ファリサイ派の人々は彼に言います。「『我々は、神がモーセに語られたことは知っているが、あの者がどこから来たのかは知らない。』彼は答えて言った。『あの方がどこから来られたか、あなたがたがご存じないとは、実に不思議です。あの方は、わたしの目を開けてくださったのに。神は罪人の言うことはお聞きにならないと、わたしたちは承知しています。しかし、神をあがめ、その御心を行う人の言うことは、お聞きになります。生まれつき目が見えなかった者の目を開けた人がいるということなど、これまで一度も聞いたことがありません。あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです。』」(29-33節)本当に力強くイエスへの信仰を宣言するのです。偉い立派な人たちの前でも堂々と宣言するようになって行きます。彼は外へ追い出されてイエスに出会い、イエスの前にひざまずきました。

 これが今日の福音の物語です。イエスに出会い、イエスを深く信じるようになった一人の人の物語です。この物語はわたしたち一人一人がどのようにイエスに出会っているかを問いかけているのではないかと思います。
 わたしたちはイエスについてたくさんのことを知っています。イエスのなさったこと、イエスが語られた言葉。でもイエスに出会うというのは、イエスについてたくさんの知識を身につけることではないのです。イエスがわたしに何をしてくれたのか、そのことを知ることがイエスを知ることです。
 あの津波被害の中で、石巻の信者の方々は本当に信仰の試練にあわれたと思います。でもその中で神は確かにこういうことをしてくれた。それでも神はわたしたちを見捨てず、ともにいて助けてくれた。そう感じたとき、その人たちの信仰は本当に強められたと思います。
 神はわたしに何をしてくれたのか。イエスはこのわたしに何をしてくれたのか。こう言っているわたし自身もこの四旬節にもう一度深く受けとめ直したいと思っています。そしてその原点に立ち返って、信仰の道を歩み続けたいと思います。


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四旬節第3主日のミサ



石巻教会の黙想会の後、昼食を一緒にいただきながら、震災と津波、その後の6年間のさまざまな体験を聞かせていただきました。
大きな津波被害の中で、信仰と愛を生き抜いてきた皆さんの話に心を打たれました。

●四旬節第3主日
 聖書箇所:出エジプト17・3-7/ローマ5・1-2、5-8/ヨハネ4・5-42
 2017.3.19石巻教会

 ホミリア
 わたしは昨年の12月から、福島県南相馬市の原町教会にいます。11月末で司祭がいなくなるというので、応援に来ました。ちょうどカリタス原町ベースが教会内に新築・移転し、カリタス南相馬となる時期でした。震災から6年。浜通りでは、まだまだボランティアの働きが必要とされています。同じ被災地と言っても、福島は原発事故の影響が大きいので、岩手・宮城とは少し事情がちがっています。この石巻では津波の被害が本当に大きく、家族を亡くされた方の話を昨夜も聞かせていただきました。福島県でも津波で亡くなった方がおおぜいいましたが、むしろこの6年の間に震災関連死が多くなっています。家があるのに帰れない、いつか帰れるかどうかも分からない。そんな避難生活が長引くことによって人は追い詰められていきます。

 福島第一原発から北へ25キロの原町教会にいて、やはり一番強く感じることは「分断」ということです。故郷に帰りたいと願う高齢者と、子どものことを心配して帰ることのできない若い世代の間の分断。いろいろな事情で福島に住むことを選んだ人(選ばざるをえなかった人)と、福島には住むべきでないという人の間の分断。福島から避難している子どもたちへのいじめに見られるような、福島とそれ以外の日本の各地との分断。
 原発から20キロ圏内の南相馬市小高区は昨年7月に避難指示が解除になりました。この3月末から4月にかけて、もっと原発に近い浪江町や富岡町の一部、そして全村避難指示が出ていた飯舘村の避難指示が解除されます。これは単純に喜べる問題ではないのです。帰る人と帰れない人がいます。「帰って住めますよ」ということになって、徐々に補償が打ち切られていく中で多くの人は苦渋の選択を迫られます。そのことはさらに分断を深めることになるのではないかという危惧があります。
 人と人とを隔てるどうしようもない壁があるように思います。

 きょうの福音は人と人との間にある壁をイエスがどのように乗り越えていかれたかを示しているように感じています。
 当時の人々の間にあった壁。まずユダヤ人とサマリア人との間の壁がありました。もともとは同じ民族でしたが、歴史の中で二つに分かれてしまいました。宗教的にもエルサレムの神殿を中心としたユダヤ人と、サマリアのゲリジム山に聖所を置いたサマリア人。超えることのできない壁が両者を隔てていました。
 また、当時の男性と女性の間には壁がありました。「ユダヤ人であるあなたがなぜサマリアの女であるわたしに声をかけるのか」彼女は不思議に思いました。当時は男性と女性は対等な人間同士として関わることはできない。家族でない男性と女性が道で声をかけるということは考えられなかったのです。ここにも壁がありました。
 さらに立派な人間と問題を抱えた人間の間の壁もあったのでしょう。この女性は正午ごろ水を汲みにきます。村に一箇所の井戸があり、女性たちは朝夕、ここに水を汲みに来ました。ところがこの女性はまるで人目を避けるように、正午ごろやってきます。イエスが見抜いたことによれば、彼女には過去に5人の夫がいて、今連れ添っているのは夫ではない人。どういう女性でしょうか。「男運が悪い」女性と言うべきではないかと思いますが、周囲からは「罪深い女」というレッテルを貼られていたことでしょう。

 イエスは彼女に声をかけます。「水を飲ませてください」
 イエスは渇いていました。「イエスは旅に疲れて」とあります。この箇所の前には、イエスの活動が人々に誤解されるというような話があります。イエスの疲れと渇きは単に肉体的なものではなく、精神的なものでもあったのでしょう。そして彼女も水だけでなく、愛に渇いていたのでしょう。
 あなたは渇くし、わたしも渇く。その部分でイエスはこの女性に出会っていきます。
その共感と連帯の中では、ユダヤ人とサマリア人との壁は問題ではなく、男性と女性の溝も問題ではなく、人と人との壁は乗り越えられていくのです。
 人と人、民族と民族、国と国の間に壁を作ろうという動きが、今の世界のあちこちにも見られます。身近なところにもあるかもしれません。その中で、わたしたちはあのイエスの共感と連帯の姿勢に目を注ぎます。

 「イエスこそいのちの水の与え主である」
 これが今日の福音のテーマです。でも、それはただ一方的にイエスがいのちの水を与えるというのではなく、「共に渇く者」としての共感と連帯の中にあるいのちだと言ったらいいのではないでしょうか。このイエスのいのちの豊かさにわたしたちがあずかることができますように。このミサの中で祈りましょう。

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四旬節第2主日のミサ



写真は南相馬市・北泉海岸の南側の様子です。
津波被害を受けた後の現在の様子からは、昔の様子を想像することもできません。

さて、遅くなりましたが、日曜日の説教です。

●四旬節第二主日
 創世記12・1-4a/二テモテ1・8b-10/マタイ17・1-9
 2017.3.12カトリック原町教会

 ホミリア
 わたしたちは今年も、復活祭に向かう準備の期間・四旬節の歩みを始めています。四旬節第二主日のミサでは毎年、イエスの変容の場面が読まれます。受難に向かって歩み始めたとき、イエスの姿が山の上で真っ白に光り輝いたという出来事です。それはイエスが受難と死を経てお受けになる栄光の姿を一瞬ですが、前もって弟子たちに示すものでした。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者、これに聞け」弟子たちはそう呼びかけられました。受難の道を歩むイエスの言葉に耳を傾け、イエスに聞き従うよう、招かれたのです。わたしたちも今日、イエスの栄光の姿を見ながら、そのイエスと共に歩むことができるようにと祈ります。

 ただ毎年不思議に思うのですが、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの弟子たちは、この栄光の姿を確かに見たのに、最後までイエスに従うことができませんでした。あれほどの栄光を見たのに。彼らは最後までイエスに従うと言っていながら、イエスが捕らえられた時、皆イエスを見捨てて逃げてしまいました。ペトロはイエスのことを知らない、と三度も言ってしまいました。ここに弟子たちの罪の問題があります。それはただ単に悪いことをしてしまったというようなことではなく、「自分なんか生きている価値がない。生きていてもしょうがない」と感じるような罪でした。
 でも物語はそこで終わりません。彼らはイエスの死から三日目に、復活したイエスに出会いました。イエスは彼らに向かって「あなたがたに平和があるように」と言い、「わたしはあなたがたを遣わす」と言います。イエスは彼らをゆるし、彼らを再び弟子として受け入れ、福音の使徒として全世界に派遣されました。そこからこの弟子たちは生涯をかけて、イエスに従う道をもう一度歩み始めることになりました。

 十字架の死でイエスの歩みが終わらなかったように、弟子たちの歩みも、罪という大きな挫折を味わいながら、そこで終わらなかったのです。
 物語は死で終わらない。罪で終わらない。悲しみで、苦しみで、破滅と虚無で終わらない。いつもそこからゆるしと喜びといのちへと向かう。これがキリスト教です。なぜなら、どんなことがあっても神がわたしたちを見捨てることはないからです。
 四旬節、そのことを深く味わいたいと思います。

 わたしたちの一つのテーマは回心です。キリスト教では「心を回す」と書きます。心を神に向け直すのがわたしたちの回心です。自分の罪・いたらなさ・過ちを見つめますが、そこに留まっているのではなく、そこから神に向かって目を上げる。神に立ち返っていく。そのとき神は必ず私たちをわが子として迎え入れ、ゆるしの恵みで満たし、再び立ち上がって歩めるようにしてくださる。その神に出会うのが四旬節の回心です。
 具体的に四旬節に勧められていることとして、祈りや断食・節制があります。神の恵みによって生かされ、その恵みをすべての人と分かち合って生きる。それこそがわたしたちの生活の原点ですが、わたしたちはいつも神を忘れ、隣人を忘れてしまい、自分の力がすべて、自分がすべてというところに落ち込んでいく。でもそこからもう一度立ち上がって、神に向かって、隣人に向かって歩みはじめよう。これが祈りと断食の精神です。

 もう一つの大切なテーマは愛の実践です。マザーテレサは繰り返し、「愛の反対は憎しみではなく無関心だ」と語っていました。フランシスコ教皇も「無関心のグローバル化(地球規模に広がった無関心)」ということを何度も警告しています。わたしたちはたぶん皆、どこかで他者に対する無関心に陥っています。身近な人の痛みや苦しみ、あるいは遠くにいる人の苦境や困難、それを感じようとしない。その無関心を乗り越えるように呼びかけられています。もちろん、無関心だけが問題ではなく、わたしたちは誰かに対する恨みや憎しみの虜になってしまうこともあるかもしれません。このような「愛する」という点でも、わたしたちはいつも挫折しているのではないでしょうか。イエスのような愛を生きることはできない、マザーテレサのような愛をもって生きることはわたしにはできない。でもこの愛のない状態でわたしたちの物語は終わるのではなく、いつもイエスの愛に触れて、特に四旬節、イエスの十字架の愛に触れて、そこからまた愛に向かって歩んでいこうとするのです。憎しみや無関心から愛へ。その物語を今日も生きようとします。

 今から六年前、2011年の四旬節の最初の金曜日に、東日本大震災が起きました。それ以来、四旬節は特別な意味を持ったと思います。おびただしい数の人々の死。今も、そしてこれからも続く苦難。そのことを思わずに四旬節を過ごすことはできません。でもわたしたちキリスト者は死が死で終わるのではなく、苦しみが苦しみで終わるのではないことを信じています。「忘れない」で思い続け、「寄り添う」ことを続けながら、苦しみから喜びへ、死からいのちへという物語を信じて、その物語を出会う人々と共有していきたいと願います。


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